こんばんはニコニコ

オリンピックも終わりに近づいてきてる?女子フィギュアスケートってことは。

今日の朝日新聞夕刊に、浅田真央ちゃんにプレッシャーに負けず、頑張りすぎるな!という、是非本人に読ませてあげたいエールのような素敵な記事があった。

ゴジラ松井秀喜氏は、

プレッシャーについて、

自分にコントロールできることとできないことを分ける。コントロールできないことには関心を持たないことですよ。

と、再三言っていたらしい。

つまり、ライバルがどんなパフォーマンスをするかなんて、コントロールできない、とかそういうこと。

経験者ならでは、の言葉ですね。大人やわ、松井。

レジェンド葛西選手についても、触れておられた。

どんなに調子の上がらない時期があっても、とにかく信じて続ける強さ。

私のエアロ時代になかったもの。

ほんま、葛西選手には私の人生考えさせられる。

私のお仕事人生、エアロビクス1期は、恐らく葛西選手の初めてのオリンピックぐらいから始まっている。19歳。

エアロビクスを始めたのは16歳で、仕事になったのは19歳。

そこから、カナダへ行く1998年までが1期。

1期は、楽しいこともいっぱいあったけど、心も身体もボロボロで、もうやらない、と思った。

でも、カナダから帰って来て、やっぱり再開した。

この時は楽しくやりたかったから、レッスン数は少な目にして、質を高めることに力を入れた。良い感じだったけど妊娠して出来なくなった。

これが2期。3期も考えたけど、違うボディワークという意味でピラティス、ヨガをやってみたら、ヨガがものすごく私に合う気がして、ヨガの1期に何の疑いもなく移行した。

と、言ってもエアロ2期とヨガ1期の間は、数年という時間もあり、、

フィットネスの場に戻ることを考えただけで、1期の辛かったことばかりが思い出されたけど、なんやかんや言いながらやはり慣れたその場所に私は戻った。

で、あった今日の嬉しいこと。

今日、あるフィットネスで契約更改があって、全く知らなかったんやけど、私のヨガ、そのクラブの数あるクラスの中で1位の集客だったらしく、良い意味で予想を裏切ったらしい。

嬉しいのが、私のレッスンの時間帯に来ている人達の半数が、私のクラスに参加しているというデータ目50%

エアロもズンバもピラティスもダンスもステップもプールもゴルフもマシンもフリーウエイトもある中で、ヨガが一番キラキラ

無名の私をみんなが選んでくれて、それが評価されている現実。どれだけ励まされるか。。

41歳、人生のほとんど半分をインストラクターとして生きてる、って言えば、葛西選手みたいにすごい感じがするけど、私はほんまに逃げたし、拗ねたし、全く以って立派やなかった。

それでも、今評価いただいている。

人生ってなんて優しいんやろう、と思った。

拗ねた1本通ってないやつでも、戻ってきて本気出せば許してくれる。ご褒美までくれる。

そんな風に人生ってなってるんや、て。

だからつまり、どの選択でも良いわけやわ。

逃げたら、ご褒美はお預けになるだけ。

そして、尽くしたところからダイレクトに褒美がくる訳でもない。え?そんな頑張ったつもりないよ、てところが褒美をくれたりする。

今日のは後者だった。

逃げたけど、戻った私。そして今度こそ逃げないって向き合う私。

41歳、まだまだこれからやわ。

長いの読んで下さった方、すみません!ありがとうございましたドキドキ