一生をかけて情熱を注ぎ込むことができるフィールド。。。
そんなキーワードを常に頭の片隅に置きながらも、相変わらず日々の仕事に追われ、同時にうまく息を抜く邪な方法も覚え(というか、これまた師匠に教わり笑)、そこで生まれたわずかな余白の中で、将来のことについていよいよ本格的に考え、考えながらも答えは出ず、、
といった日常が、一日一日と過ぎていった、そんなとある火曜日のことでした。。。
何の変哲もない、極々普通の火曜日。
その日も、ある企業の副社長のもとに、雑談、、、もとい営業に向かったピシっとスーツの綿本でした。
当時、大阪御堂筋線の難波駅に到着する際には、必ずその名前を耳にする会社の副社長に気に入っていただき、ただ雑談、もとい商談をして帰る日々の、何の変哲もない人生の1シーン。
自分の将来の夢や興味があることなどをお話する流れの中で(←決して雑談ではありません笑)、一冊の本をご紹介いただいたのです。
『理性のゆらぎ』 1993/4/1 青山圭秀著
私はその副社長との雑談、もとい商談が大好きだったので、打ち合わせを終えた私は、その足ですぐにその本を購入し、電車の中で流し読みをしたとき、、、、
壁のコンセントプラグに誤って触れた時くらいのビクンとする電流が、私の全身に走ったのです。
私が進むべき道は、、、ヨガだったんだ。。。。
同著にそんな事が書かれていたり、同著の理論に強く賛同したとかじゃなくて、私の中のありとあらゆるキーワードを、その本が繋げてくれたのです。
自分が研究したかったことは、医学でも人口知能でもなく、、、
哲学の中にあったんだ!!!
死とは何か、
死ぬ自分とは何者なのか、
幸せの最適解はどこにあるのか、
それを探究して生きていくには、
自分の専門分野を「好き」で深めていくには、
それで食べていくにはどうすればよいのか、
そしてその道がすでに、父が切り拓いてきた道だったということ。。。
ついでに言えば、修行と称して海外に出向けるかも知れないこと(笑)
そんなすべてが一点に結びついた瞬間でした。
興奮を隠せぬまま本社に戻ったところ、何とタイムリーに師匠がいるではありませんか!!
そして間髪入れず、そのプランを師匠に相談したところ、師匠はひと言。
わたちゃん、それはいいね。
そのひと言で私の人生は確定したのでした。
その日の夜、激務の中で育んだ「企画をまとめる力」でもって人生の企画書を書き上げた私は、日付が変わったあたりの午前2時、兄に手書きの企画書をファックスしたのです。
2ヵ月以内に会社を辞めてインドに経ち、半年間の修行を経て帰国後にどういうプランで人生を構築していくのかという、まさに人生の企画書。
兄は、まさかのヨガというフィールドに、一瞬躊躇したようにも思えましたが、すぐに腹を決め、そこで生きていこう!という話で即決合意したのです。
1993年6月23日(火)。
何の変哲もない、極々普通の火曜日の出来事でした。