

2015年 開催スケジュール
1月
10日(土)
~12日(月) 東京
経絡3日間集中講座
17日(土) 東京
経絡入門ワークショップ ~人体を流れる14本の川の入口へ~
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~骨って何だろう~
18日(日) 東京
アナトミック骨盤ヨガ 体験ワークショップ
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~筋肉って何だろう~
31日(土) 東京
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 上半身編
2月
1日(日) 東京
アナトミック骨盤ヨガ 体験ワークショップ
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 下半身編
3日(火) 東京
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 上半身編
4日(水) 東京
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~骨って何だろう~
10日(火) 東京
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 下半身編
11日(水) 東京
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~筋肉って何だろう~
12日(木)
~15日(日) 東京
アナトミック骨盤ヨガ 指導者養成講座
19日(木) 大阪
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 上半身編
20日(金) 大阪
3時間ワークショップ 肩と股関節の連動
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 下半身編
21日(土) 大阪
経絡入門ワークショップ ~人体を流れる14本の川の入口へ~
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~骨って何だろう~
22日(日) 大阪
アナトミック骨盤ヨガ 体験ワークショップ
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~筋肉って何だろう~
28日(土) 東京
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~骨って何だろう~
3月
1日(日) 東京
経絡入門ワークショップ ~人体を流れる14本の川の入口へ~
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~筋肉って何だろう~
7日(土)
~10日(火) 大阪
アナトミック骨盤ヨガ 指導者養成講座
12日(木) 名古屋
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~骨って何だろう~
13日(金) 名古屋
3時間ワークショップ 膝関節セラピー
実践ヨガ解剖学講座 基礎編 ~筋肉って何だろう~
14日(土) 名古屋
経絡入門ワークショップ ~人体を流れる14本の川の入口へ~
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 上半身編
15日(日) 名古屋
アナトミック骨盤ヨガ 体験ワークショップ
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 下半身編
31日(火) 東京
「怪我をしない、させない」2日間集中講座 上半身編
シニアヨガにフローを求めてしまう誤解
母の病気・入院・入所が弾みとなり、昨年よりシニア養成講座をさせて頂いている。
そもそもは数年前から立ち上がった話を、僕自身の我儘で、ペンディングにしていただけなのだが、昨年、全ての事象に意味があるかのように、点が線になり線が軸になり開講した次第だ。
養成講座に参加して下さるインストラクターの方々から頂く質問の中で、共通しているものが幾つかある。
『思うようにフローが出来ない』と言うジレンマ。
なるほど、一般的なヨガでは太陽礼拝を中心にピークポーズを行い、シッティングからのシャバーサナで完結する事を前提としている。
シニアヨガであっても、ヨガの一部なのだから連綿と続くそのヨガフレームは崩したくはない。と言う強い理念と理想はismそのものであり、プロとしての役割を全うすべく、シニア層と向き合うインストラクターの姿勢は素晴らしいことである。
更には、僕自身のヨガを受けた事がおありの方からすれば、フローでこそ心と身体に効かせられるとの思いもなお一層の事お持ちなのだろう。
僕のヨガインストラクターデビューは、まさしく心療内科でのシニアヨガとリハビリの一環を担ったメディカルなヨガ。思い返せばイレギュラーの連続、未だヨガのフレームにこだわりがない事は、この時期の記憶が大きく作用しているようだ。個体差・個人差と言った教科書には記載がない生身の人間が多数おり、かつマインドも破れている方々と真剣に対峙するには、ヨガのフレームなどと言ってられなかった。
ohmにこだわっていたら気味悪るがられ、ヒーリングミュージックは宗教っぽいと言われ、お香は臭いよ!と言われる有様。引きこもっている状態の方々が多い為、一般的体力もあまりないのだ。
そのような方々へ、こうあるべきといったアプローチ法、方程式などは一切無かった。思い返せば、心に蓋をした方々の仕草、表情、何気ない一言から、何かしらのヒントを受け取り、個々のゴールを想像し、いかに寄り添い笑顔を引き出すかだけに、熱量を捧げた時間でもあった。
受け手のシニア層からしたら、行われるプログラム名はヨガでも健康体操でも運動でもエクササイズでも構わない『この場所から少しでも抜け出したい』『今日の夜いつもよりグッスリ眠りたい』等、願いはただそれだけなのだ。
仮にこう言われたら皆さんは不愉快であろうか?
『先週のヨガみたいな奴、凄く楽しかったし、何より、久しぶりに良く話したよ。話を聞いてくれて有難うね!』『先生のあれキツイけど、やると転ばなくなるんだよ!』
共通するのは、誰もヨガなど言わず、ヨガの本質などはあと回しである事。
大切な事は、その経験が弾みとなり、そのお方の背中を押す手助けが出来る事。フローする事など二の次、三の次。プライオリティーは心の潤い指数。ほんの小さな寄り添い方である。
僕がヨガというフレームにこだわりがないのは、この原体験から来ている。
チラシの中の生活リハビリと言う言葉。それは介護業界、ヨガ業界でも残念ながら、まだまだその本質を見抜けずに浮いたままの状態にある。
しかしそれは、非常に的を得た貴重な言葉であろう。
ヨガへ徒然なる想い
ヨガと言う言葉の先に、宗教の匂いがしたのは一昔。
この数年は第3次(第4次?)ヨガブームとも呼ばれ、
UNIQLO、GAP、無印良品など大手服飾業界もヨガウェアの販促拡大に力を入れている。
これはいかにヨガの持つマーケットが広く一般層まで届き、オウム真理教の鈍重な影響下から脱却した事を意味すると捉えても問題ないのであろう。
しかし、ヨガする男性をヨギーと指すその言葉の認知度はまだまだ低く、多くの方々は、当たり前のようにヨガ=女性の図式の中、くねくねした軟体動物ような動きをし、静かに座って目を閉じたり、呼吸しながらお腹をペコペコさせたりなどのアイコンとしてのヨガ。そのようなイメージが強いようだ。
《本当のヨガ、本来のヨガとは何か?》と僕が自身が語れるはずもなく、では日本において誰が《本当のヨガ、本来のヨガとは何か?》を語れば説得力があるのだろうか?と周りを見渡し探してみたものの、実際、誰の顔さえ浮かばないのが現状である。
僕自身、薄っぺらな知識でしかないのたが、その感触は、古代インドの伝承・伝聞を先人達の智慧と叡智で包み込み、私的解釈を取り混ぜながら仏教、禅、経絡、更には自己啓発、医療現場の自律神経訓練法など、その都度掘り起こしヨガというフレーム枠を創りあげた形こそが日本流のStyle。
その過程での熱量は尊敬に値する結晶であり、だからこそ、今在る日本のヨガを牽引しているのであろう。
逆もまた真なりと言う諺が存在するように、ヨガを真逆の視点から眺めてみると、それはまさしく色即是空 空即是色と言う底無し沼の闇に陥ってしまう。
そのパラドックスこそが功と賞・罪と罰でもある。曖昧模糊とも言える内観やら瞑想は一歩間違えたならオウム真理教の悪夢を誘導してしまう危険もあり、又、ストレス過多の現在に於いて、宗教そのものが根付いていない国、ニッポンには、心の指標として最適な立ち位置でもあるのだろう。
果たしてヨガのアーサナし、瞑想を生活に取り入れ、内観と言う言葉を連呼するのは、ヨガを楽しむだけのものなのだろうか!一歩上の高みを歩いている『いけてる私』に誰かに気付いて欲しいが為の、ファッションとしてのヨガなのだろうか。
僕がフィットネスクラブは長続きせずに、唯一ヨガだけは続けられた理由の一つに、無理しないの向こう側にあり、受動からの脱出、能動への変換。動的瞑想と言う唯一無二の形に辿り着けたからに他ならない。
緩やかなその動きの中で、心の機微を繊細に受け止め、日常の矛盾ややるせなさ、不平等や不条理をも飲み込んでしまおうと、心と身体の内側から振り絞る、叫びとも言える呼吸。その呼吸一つ一つ、それこそがヨガであり、脆く崩れそうな私を支えてくれる瞬間でもある。充足した人生の足跡が『今ここにあった』それを体感出来るうる至福の一時は、人生に於ける瞬発力と持久力を兼ね備え、明日へと続くその扉が重く錆びついていても、僕のヨガは常にそこにあり『そう大丈夫だ!』と教えてられてきた。
最近では、生意気にもヨガの一部を伝える立場に置かせて頂き、共鳴とも言える波動を起こしてくれる仲間も増えた。
そんな想いを誰よりも、阿吽の中で引き継いでくれるインストラクターがおり、弟子と言う表現は照れ臭く、恐縮ではあるのだか、ヨガと本気で向き合い、打ちのめされては、人知れず涙を流しているのが、manawa house主宰 さかたのりこと言う名前である事を是非、知って頂きたい。
その彼女が、ヨガの向こうの遥かなる岸辺に向け、メンズヨガと言う名の舟を漕ぎだそうとしている。ヨギーの皆さま、さたかのりこを体験せずにメンズヨガを語るのは早すぎる。
https://shop.yoga-gene.com/program/3398/