伝説のロックバンド「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイが1993年11月、「ソロ」として初めて来日しました。
ブライアンは当時46歳でした。
1993年11月4日、東京厚生年金会館で初日を聞きました。
全16曲中、約半分がクイーン時代の代表曲。
2年前の悲劇を、舞台上のその人も聴衆も乗り越え、熱い一体感が会場に満ちていました。
1970年代以降のロックシーンに衝撃を与え続けた英国出身の4人組でしたが、1991年、ボーカルのフレディー・マーキュリーがエイズのため45歳で死去、クイーンは解散しました。
ブライアンだけが活動を再開し、1993年2月から米国、中東、欧州と回り、クイーンを世界中で真っ先に認めた国=日本にやって来ました。
11月4日の公演ではブライアンの、線は細いが力強いボーカルが印象的。
クイーン時代も自作曲でリードボーカルを担当したが、控えめで繊細なのが持ち味でした。
それが今、思いのたけをふり絞るようなスタイルも確立、そのパワフルな歌声にソロ・アーチストとしての気概を感じました。
新バンドは、コージー・パウエル(ドラム)、ジェイミー・モーゼズ(ギター)、ニール・ミューレイ(ベース)、スパイク・エドニー(キーボード)の熟練者らの重厚なサウンドに、シェリー・プレストン、キャシー・ポーターの女性ボーカルがソウルフルでセクシーな彩りを添えます。
ハードでポップなロックバンドとして“おいしい要素”をそろえた顔ぶれですが、客席の興奮が高まったのは、やはりクイーンの曲が演奏されたとき。
タイ・ユア・マザー・ダウン、ボヘミアン・ラプソディなどで最高潮に達し、「フレディーのために」と弾き出したラブ・オブ・マイ・ライフでは、客席全体から歌声がわき上がり、温かくも切ないレクイエムとなりました。
フレディー亡き今、あのクイーンをライブで聞くことはできませんが、自らの財産として継承しようとしているのがブライアンなのでしょう。
最後に「クイーンではなく、自分を信じる」と歌った彼に、ソロとしての自信と決意も受けとりました。
竹中一央
参考:http://noize.tv/special/
