「今この瞬間、世界が終わるなら・・・
わたしは、目の前の珈琲を丁寧に淹れる。」
合掌し、国宝を扱う意識で献上するように、珈琲を淹れた。
いつもは自分自神に献饌するように、珈琲を淹れている。
(自然とそんな感覚になる。)
生豆を仕入れ、天日に干し、ハンドピック、焙煎、選別、調合、珈琲豆を挽き、ハンドドリップし、器に注ぐ。
珈琲をつくる一連のプロセスはすべて、祈りそのもの。
手のひらでふわっと生豆に触れると、その珈琲豆が生まれた国の空氣が伝わり、
たずさわる人々もまた、祈りそのものの珈琲づくりをしておられるのだと、
そしてその音、響きが伝播し、ありがたく尊い体験をさせていただいているのだと実感する。
それは海の向こうからの、言葉のないおたより。
"音の葉"のおくりもの。
珈琲をつくる前と後に必ず合掌する(してしまう)のは、感謝の氣持ちもあるけれど、
珈琲豆という種が祈りから生まれ、祈りそのものであり、そして、
"地球の宝"だから。
「今この瞬間、世界が終わるなら・・・
わたしは、目の前の珈琲をゆっくり味わう。」
あぁ、なんてしあわせなんだろう。
今日も珈琲が美味しい。
ありがとう。
↓ 息子の廉が焙煎した魚座新月の珈琲とレモンピールのチョコレートのペアリング☕️🍋
2人のアイデアがシンクロするテイスティングの時間💫

