私の母は、私と違う。母の人生を生きなくて良いんだ。
そう思えたのはつい最近。
世間には毒親という言葉があるけれど、
うちは暴力や、言葉の暴力もないし、そーゆー感じではない。
ただ、まったく違う人間というだけ。
みんなそうなんだろうけど、まったく違う人間なんだから気にしないでおこうと思うまで時間もかかったし、気持ちが不安定になることもあったな。
主人に、変な親だと思われたくなくて取り繕ったこともあるし、実家に帰ると安らぐ〜と聞くけれど、私は逆に疲れる。助けてもらってることも沢山あるけど、実はあまり実家に帰りたくないし、助けてもらわなくてもいいくらい自分に余裕を持って暮らしたい。
母のそばにいると、自分を母の理想の娘に当てはめようとしてしまう。それが何よりも疲れる。
母は私のことを自慢の娘だと思っている。
それはありがたい。
けれど、母は、そう思うことで自分の存在意義を感じているだけだ。
自慢できる娘を育てたという自負。
それがないと専業主婦一筋でやってきた自分の存在が無価値に感じてしまうのだろう。
娘を自慢に思ったり、自慢することで自分を認めている。
今回私の入院があって、初めて母に電話した時、
驚きの言葉とともに「何で私に言わないの」「ショック」の言葉が。
何で私に言わないの
とは、病状が悪化する前に早く私に言いなさいよ!という責めの言葉。
普通だったら、驚きの言葉とともにまず【大丈夫?】の言葉があるだろう。
何で私に言わないのと言うことは、私をまだまだ支配したいと思っているし、私に言えばこんなことにならなかったのにというよく分からない責めの言葉。
次に、ショック
この意味には私自身心底驚いたが、
これまで私は33年健康で大きな病気もなく、兄や妹が頻繁に発熱や通院や重度の花粉症だと大変な中、私だけは丈夫で、病院行くことがなかったと。
そして、そんな健康体でうんだと思っていたのに、こんな事に(私の入院や手術)なって、ショック。
という意味のショック。
ショックって言われた方の気持ち考えろよ。
自分が自慢の娘はこんなことにならない!ずっと健康でハツラツとしている自慢の娘像から、かけ離れたことが起きたからショックだったんでしょう。
こういう驚いた時の方が人間の本心って出ると思うし、いろんなこと考えずに出た言葉だからこそ本音なんだと思う、
私はあなたの考えが、残念すぎてショックだけどな。
母よ、私とあなたは違う。
これから一線をもって接していきます。
これからもずっとこの残念な考え方から抜け出せないあなたを可哀想だと思います。
あなたは、子供たちの人生を生きてないで
自分の人生を生きてください。
母へ、娘より。
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