今回は以前まで働いていた
工場のおはなしです。
私には1人だけ苦手な人がいました。
50代女性パートAさん。
その方はその部署をまとめている
とても仕事ができる方。
工場で働いていると
よくある事かも知れません。
聞こえるように嫌味が聞こえてきます。
同じ部署で働いていて、
わたしは1番年下でした。
Aさんも含め殆どは50〜80代の人。
私以外の人の嫌味も聞こえたし、
もう2年半一緒にいたので、
また言ってる。
と気にしなくなっていました。
ですが。
自分が体調が悪いとどうしても
気になってしまうんですね、、
私が体調を崩し初めて
少し経ったある昼休み。
その方と同じ空間で机にうつ伏せで
休んでました。
そしたらボソボソと
私の話をしているのが
聞こえてきました。
Aさん「あんな仕事やってた。」
「そこまでして来させなくていいのに」
Bさん 「ねえー。」
Aさん 「もう辞めればいいのに」
理由もわからず体調を崩していた私は
耳を疑いました。
Aさんの「辞めればいいのに」
という言葉がしばらく離れず、
仕事を始めようとした途端
不安やら溜まっていたものが爆発💥
社員のお兄さんや工場長に
聞いてもらいました。
話を聞いてもらった事で安心でき、
居場所ができた。
仲間がいてくれる!と
心強い気持ちになれました。
ですが、体調は悪くなる一方で
もうしがみついて働いているのが
馬鹿みたい。と思い
辞める決断となりました。
今までAさんとは仕事では
一緒に組んで助け合っていたし
Aさんのお願いには協力してきました。
なのに使えなくなった瞬間、
手のひら返のように
ポイか、、、というかんじの態度で。
仕事はすごくできる人だけど
心は冷たい。
私からも色々相談出来れば
よかったのかと
考えた事もありました。
ですが、いつも人を通して嫌味を
言っているのをみていて
どんどん私はAさんに
相談できないし、話を聞いてほしい。
と思う事は無くなりました。
そして今に至ります。
悔しさをバネにして
悔しいから頑張ろうとも思いましたが
もう虚しさだけでした。
頑張ろうと思えば思う程
体は抵抗するように具合が悪くなっていて。
今回の事で自分のキャパが
分かった気がします。
この経験を糧に、
自分自身も見直す事がみえましたし。
コミュニケーションを
普段からとれる自分になりたいと
感じました。
パワーチャージして病気をなおし、
まずは子供を考えて、
そして、
また1から働きたいです。
そして自分の幸せを諦めず
まわりに感謝して過ごしていきたいです。
工場長や社員さん、他のパートさんには
申し訳なかったし、
まだ一緒に働きたかったな。
だらだらと長い文章になりました。
読んで頂きありがとうございましたm(__)m