2010年6月19日土曜日は、「父の日」の前日であったが、yocchanにとって、最も悲しくて生涯決して忘れないであろう、最悪の日となった。
長女の美和が、3月より骨盤内腫瘍との診断で、抗がん剤による治療をしていたが、5月21日に突然併発した脳梗塞のため愛知県豊田市トヨタ記念病院に救急車で搬送されて入院。その後容体は一進一退であったが、脳梗塞発病後のほぼ1か月たった6月19日血圧低下し危険な状態との連絡を受け、午後8時頃の「かもめ」で福岡に行き翌朝一番の新幹線で名古屋に行く予定であったが、「かもめ」が博多に着く直前に心臓停止の連絡がある。
その夜の午後10時30分、美和は豊田市のトヨタ記念病院で39歳の短い生涯をとじた。
美和と最後に会ったのは、昨年(2009年)の12月30日に退職祝いとシズ子の誕生祝いとして「銀鍋」で食事をおごってもらった時であり、これが文字通り「最後の晩餐」となった。
1月31日の誕生日のプレゼントには定番のHush Puppies のクリムズン色のジャンパーをもらったが、これが美和からの最後のプレゼントとなった。
3月6日の美和の誕生日プレゼントとして、3月1日頃NETでリラックマのぬいぐるみを手配した。いつもなら、受け取ったら電話がああるが今回は6日過ぎてもなく、約一週間後の3月12日に美和から癌の診断を受けた、との電話があった。ちょうど、誕生日の頃は豊田市のトヨタ記念病院で検査入院をしていた事が判明した。
2003年7月17日(木)に長崎lバスターミナルから一人名古屋行き高速バスで長崎を立ち豊田市へ。7月20日(日)に豊田市役所で入籍。
6年11カ月後の2010年6月20日(日)に遺体となり長崎に帰ってきた。
ちょうど、小惑星探査機「はやぶさ」(2003.5.9~2010.6.13)をほうふつさせる。
これを書き始めたのは美和の死後2カ月経った2010年8月であったが、公開する気になったのは約9カ月後の2011年5月6日で、それは美和の発病を知ってから1年2か月である。
☆ペルセウス流星群を美和と眺めた思い出