マゾヒズムとは何か
人間が社会 生活 を行なっていれば様々な理不尽と思える状況に直面することがある。そういったときに「自分が我慢すればよい」と不当な圧力や要求に耐える人が存在する。また「囚われのお姫様 」や「苦難を乗り越え進む英雄 」と言ったヒロイックな状況は、苦痛・圧迫を伴いながらも陶酔感や大きな達成感が得られる。そのためどのような人間でも被虐嗜好的要素を持ち合わせていると言える。こうした自己犠牲 や苦痛や逆境への親和が、実は、性的嗜好 としてのマゾヒズムの基盤にある。
理不尽に他人から暴力 を振るわれて、それでも「自分が悪かった」「自分が我慢すればいい」と考えるのは防衛機制 であるが、マゾヒズムの心理には、このような機制が存在すると言うべきである。また自罰 的傾向のある人は、他者から与えられる身体的精神的な加虐によって、かえって心の安定が得られることがあり、ここでもマゾヒズムへの趨向が見出される。
マゾヒズムはこのように、個人の自我の心理的な安定機制と深く関係している。これに対し、他者から苦痛や加虐を与えられて単に喜ぶだけの心理 はマゾヒズムではないとする考えがある。しかし、性的な状況においてこのような機制が働けば、性的快感や性的興奮に繋がるのであって、それは即ち性的マゾヒズムであり、自虐的な心理傾向を、性的嗜好としてのマゾヒズムと区別する方が寧ろおかしい。このような区別の背景には、マゾヒズムを先天的 な気質 あるいは人格 の基底的趨向とする見方があるが、この考えは実証されていない。
マゾヒズムのなかには、先天的な素因が想定できるものがあるが、しかし、「マゾヒズム」という単一の心理趨向があるという根拠がそもそも存在しない。性的嗜好 は、嗜好の現象 的様態による分類把握であって、マゾヒズムのような心理機制がどのように成立しているのか、複数の機構が想定でき、更にそれ以上の多数の未知の要因が関係していると言うべきである。
ある種類のマゾヒズムは精神障害として、性的倒錯 に規定されている。このことより差別 性が生まれることがある。また、世間一般で、マゾヒストは変態だとか異常だとかいう偏見 も存在する。しかし、性的嗜好における異常とか正常という問題は難しい(参照:正常と異常 、性における健康 )。