いつか誰かが読んでくれるかどうかわからんけど
とりあえず『初』ブログとして書いてみます。
ヒストリー的な
自己満足な
では‥
僕が音楽と付き合うようになったんは、幼稚園の時に母親から英才教育の一貫?としてエレクトーンを習いに行くように勧められてからやと思います。
それまでも母親の聴く音楽は60年代のジャズやラテンや何じゃかんじゃで、幼い頃からセンスを磨かれてような‥(笑)
たぶんその時代の影響が強すぎて、今でもそのての曲を聴くと懐かしく、切ない気持ちになったりします
エレクトーンはその後結局、小学校の高学年まで続けてましたが、何か鍵盤系は女の子がするもの(当時のレッスンのクラスは全員女の子) だと思い始めてからはツレに言うのも恥ずかしくなりはじめ、次第にフェイドアウトしていきます。
ただ、そのスクールの発表会とかパーティーにアンサンブルみたいなのがあって、唯一の男子の僕がいつもドラム担当になっていて、エレクトーンから心が離れていくのとは対照的に、今度は次第にドラムという楽器にはまっていき、その後の中学バンド結成のきっかけになった事は間違いなく、決して無駄な時間ではなかったと今でも思っています。
続く

とりあえず『初』ブログとして書いてみます。
ヒストリー的な
自己満足な
では‥
僕が音楽と付き合うようになったんは、幼稚園の時に母親から英才教育の一貫?としてエレクトーンを習いに行くように勧められてからやと思います。
それまでも母親の聴く音楽は60年代のジャズやラテンや何じゃかんじゃで、幼い頃からセンスを磨かれてような‥(笑)
たぶんその時代の影響が強すぎて、今でもそのての曲を聴くと懐かしく、切ない気持ちになったりします

エレクトーンはその後結局、小学校の高学年まで続けてましたが、何か鍵盤系は女の子がするもの(当時のレッスンのクラスは全員女の子) だと思い始めてからはツレに言うのも恥ずかしくなりはじめ、次第にフェイドアウトしていきます。
ただ、そのスクールの発表会とかパーティーにアンサンブルみたいなのがあって、唯一の男子の僕がいつもドラム担当になっていて、エレクトーンから心が離れていくのとは対照的に、今度は次第にドラムという楽器にはまっていき、その後の中学バンド結成のきっかけになった事は間違いなく、決して無駄な時間ではなかったと今でも思っています。
続く