昨日は毎年恒例となった応援団同期のお盆の集まりがあった。
まずは奈良の陣内の家にお邪魔して、先日亡くなられたお母様のお悔やみのおまいりをさせてもらった。
その後は陣内にリクエストを受けて持参した当時の関西四私立大学応援団連盟祭のビデオを同期4人でビールを飲みながら見ていた。当時でもかなり古くさく感じた他大学の演舞がさらに古く感じたのは、大学入学から早や24年経ったこともあるのだろうが、その当時のことを思いだしながら2時間ほどビデオを見て京都へ移動し、陸上ホッケー部OB同期の平塚と合流し居酒屋へ。
食事の後は毎度の『あぶ』へ移動。最近は毎年このパターンで昔話に浸る。
臼田の少年隊、吉岡のサザンを聞いて20年前と何も変わらない歌声になぜかほっとする。
毎年同じ話をしている気がするが、一年に一度はこうして大学時代の同期で集まれることに幸せを感じる。
やっぱり歳をとったかな。また来年も集まりたいものだ。
6日から夏休みに入ったので滋賀の自宅でのんびり静養した。
しかし昨日から東京にいる。春休みに家族が東京に遊びに来るはずだったが、震災の影響で夏休みに延期になっていたのだ。
昨日はスカイツリー、東大赤門、六本木、新大久保とまわり、今日は朝から原宿、渋谷と買い物、夜はディズニーランドへ行く予定らしい。
こんな時ぐらいしか家族サービスもできないので、真夏の東京を今日も汗だくになりながら道案内するのみ。
倒れないように頑張ろう。

今日は8月4日。加藤清史郎くん誕生日おめでとう。

私も同じ日なんだよ。


この世に生を受けて45回目の夏だ。


学生時代は夏休み中で友達に祝ってもらった記憶も余りなく、社会人になってから祝ってもらうようになった気がする。


証券会社時代は確か社章入りのシャンペングラスを頂いた記憶がある。


今日も会社でサプライズ(?)の誕生祝いをしてもらった。社員からはポロの靴下、ハンカチを頂き社長からは同じくポロのパンツと扇子を頂いた。誠にありがたいことである。


44年生きて惑わなくなったのか、50歳を迎えると天命を知ることになるのか、今はまだわからない。平成三年に社会に出て20年が経ったが、未だ戸惑うことばかりで自分の天命を知るまで何をすべきなのか。


まだまだ修行中と言いたいところだが、社会人としての折り返しは過ぎている。


先日新宿勤務時代にお世話になった支店長が定年退職された。


38年近く働いての定年退職に元部下が40名近くも集り囲む会が開催された。その当時でも何を聞いても動じない風格、貫録をお持ちの支店長であったが、ますますお元気で退職後も引く手あまたの状況で第二のステージがおありのご様子。さすがである。


私はせめて一歩ずつでも戸惑うことが無いように精進していきたい、と思う誕生日であった。





先日東京ドームに行ってきた。


団太鼓の達人のブログ

同志社対九州共立


平川投手が粘りのピッチングを見せるも、残念ながら0-3で敗れた。

同志社の攻撃は初回、二回とも併殺で得点につながらず、九州共立は数少ないチャンスを物にした。


応援席には数多くの同志社OBが陣取り、必死の応援をするも、完封負けのため初回、9回のヒロス以外に第一応援歌を歌う機会がなかった。


この試合に勝利すれば神宮での試合が待っていたが、『Doshisha Heroes』が神宮の杜にこだますることはなかった。


現役選手諸君は相当悔しい思いであっただろう。

去年の全国大会では屈辱的な敗戦を体験し、神宮に大きな忘れ物を残していた。

その気持ちが同志社戦後初の関西三連覇につながり、二年連続の全国大会出場となった。

今回の全国大会には相当の想いを持って臨んでいたであろう。

掛ける言葉は見つからない。


ただ一言あるとすれば「秋の神宮で待っている」のみ。


全国制覇目指して、この夏の厳しい練習に耐えてもらいたい。


この試合で21年ぶりに当時の野球部OB同級生に会った。

「平成2年の秋の神宮を思い出すな」、

「あの時は本当に強かったよな」

20年以上も前のこともかかわらず、あの全国制覇が昨日のことのように思い出された。

今の同志社野球部は関西三連覇を成し遂げる強さを持っている。

ぜひ秋で四連覇を達成し、地区予選を突破して秋の神宮大会へ進んでもらいたい。


Doshisha heroes ever must win.
Fight to the finish, never give in,
La,La,La,
All play your best, boys,
We'll do the rest, boys.
Fight for the victory.
La,La,La,
Doshisha wins today


秋の神宮大会で力の限りこの応援歌を皆で歌いたい。

私は同志社OBの一人として一生涯同志社を応援し続ける。



団太鼓の達人のブログ

昨日に続き、二日連続でblogを更新。同志社関連になると血が騒ぎ、手が動く。


今日は皇子山球場で同立戦二回戦が行われ、同志社は初回、二回と打線がつながり序盤で7点を上げ立命館に連勝し見事春季優勝を飾った。


平川投手は連投で7勝目を上げ、最優秀選手、最優秀投手賞に輝いた。


今期リーグ戦で関大に敗れた後、一度は自力優勝が消えた。しかし今年のチームは最後まであきらめず戦い続けた。おそらく昨年の連覇が自信となって、自分たちはできると感じていたのかも知れない。


しかし私は昨年の春、関西を制覇した後の神宮大会で全国レベルの力を目の当たりにし、さらに上を目指す気持ちがあったからこそ、近大に連勝し、関学に勝ち、立命に連勝して優勝を勝ちとれたのであろうと思う。




同志社は強くなった、そう感じられる戦いをぜひ東京で繰り広げてもらいたい。




今の強さは本物だ。きっとできる。




そう信じて、必死で応援する。同志社一OB、同志社大學應援團一OBとして。




『同志社大學應援團 必ず勝つぞと祈らばや 今日も勝つ 明日も勝つ ずっと勝つ』(同志社名物ドンパン節)




私が現役二回生の時に円山公園野外音楽堂でドンパン節のチーフを振った日が懐かしい。


当時のエース杉浦、豪打の松田、立命長谷川から決勝打を放った田村、プロでも活躍した片岡、今も現役バリバリでプロ2000本安打目前のヤクルトの宮本、今でも昨日のように思い出される。




私は現役時代、必死で同志社を応援した。応援にすべてをかけた。


野球部は本当に強かった。選手は皆一生懸命戦った。


私たちはその勝利を信じて必死で応援した。野球部が勝ち上がっているのに応援を放棄して帰ることなど応援団としてありえない選択だった。


野球部は全国制覇した。


私たちは涙でカレソンを歌った。




21年たった今でも同志社を応援する気持ちに変わりはない。




東京ドーム、神宮球場でのDOSHISHA HEROESの活躍に期待する。




目指すはただ一つ、全国制覇。