乳癌になりまして

乳癌になりまして

乳癌確定一ヶ月目の兼業主婦です。確定時点でのステージはⅡa、グレード3をベースに1が混じっているというもの。仕事とか色々どうしたら良いの⁉︎な状態、皆さんと相談したりお話し出来る場所に成ればいいなと思い始めました。宜しくお願い致しますm(_ _)m(^∇^)

夜中起きてるから悪いんだろう。


FECに切り替えた時のこと思い出してしまう。


かなり激しく副作用出たんですよね。

上腹部の内臓が異常に腫れあがって身じろぎもできず、胃の中を空にしないとヤバいと本能的に悟って必死に吐き、水も飲めず、気絶すらままならず、肋骨に腫れあがった内臓が食い込むのを感じ、腫れあがりすぎて内臓を包む膜が裂ける限界なのを感じ…


投与した日の夕方四時ごろから始まり、夜9時ごろに入院できないか夫に病院に電話してもらったんですよね。来てもらっても生理食塩水を投与するしかしてあげられる事がないのだと本当にすまなそうに夜間帯の方が仰って、私も夜間の人手がない時に出来る事が無いのに救急搬送でバタバタさせるのは申し訳なくってそのまま朝まで頑張る、つって頑張ったんだよね


明け方四時ごろに黒いススのような物を吐いて、寝れはしないけどそれで少し、内臓が破裂しそうな感触が落ち着いて楽になったんだよね。身じろぎは相変わらずできなかったけど。その時点でもう体感的には3日苦しんだような時間の長さで。


朝の受付始まる時間にもう一度夫に電話かけてもらって受診の許可貰ってタクシーで行ったんよね。頑張って。吐く物ないけど万が一迷惑かけちゃいけないからビニル被せたボウル抱えて。


忘れられないのよ。


診察台に上がって、先生に会う前かその後か

覚えていないけど。


向かいの壁というか、書類棚?の前に3人ほど並んで立ってた看護師さんのうちの1人が、


「あれ、演技だから(ぷっ、くすす)」


その時初対面で、信じられない事言われたと思ったけど、並んで見学してるという事は異動してきたばかりの新人かな、この先のお付き合いで演技じゃないと分かってくれるかな、なんて甘く考えてたんですよ。


私にとっての不幸は、2回目のFECの投与で血管に異常が出たんです。硬く細く引き攣って、まるでピアノ線みたい。何より、火傷をしたみたいに痛い。触れない。ほんの少しの肉の揺れが刺激になってどんどん広がる…息が詰まるほど怖い


外来に電話すると、馴染みの看護師さんが出たんです。必死に訴えたのですが、何故かちゃんと訴えをキャッチしてくれないのです。それでもなんとか受診させてもらったのですが、先生もなんか変だったんです。


刺激になるような心当たりはあるかと尋ねられて、家族ぐるみで付き合っているお家の1番下の子に抱っこを繰り返しねだられて何度も抱っこしてあげていたんですよね。でもそれをそのまま答えたら何か言われそうと思って重たい荷物を持ちました、と答えたの。


そしたら「ああ(半笑い)」で診察終わった。


今思うと私、嘘つきのかまってちゃんにされたんだと思う。あの看護師さんの一言で。知らんけど


「あれ、演技だから(ぷっ、くすす)」


この絶望が分かりますか。


何もしてないから緩和するわけもなく先ほど書いたようにほんの少しの肉の揺れ、皮膚のズレでどんどん広がっていきました。そしてピアノ線かバイオリンの弦みたいに硬く細くなっているのでそんなとこ、血液が通るわけが無いんですよね。


3回目の時、当然ながらいつも打っていたひじ裏は使えない訳です。では手首で、となったのですがその先見るとピアノ線みたいに細くなったひじ裏の血管なんですよね。当然うまく流れるわけもなく。


細い血管に逃げようとお薬が無理やり通っていくんです。手首が爆発しそうなほど痛くて、漏れたらどうなるか分からない薬でそんな事になっているのが怖すぎて刺し替えて貰おうと看護師さんを呼んだんです。どうされたと思います?痛いから刺し替えて欲しいの要望に対して。


「ああ流れてないですね」


ってルーラーいじって薬の流量増やされました。


意味わからないし信じられないですよね。

その先潰れてる血管だから通らないの当たり前なのに。ちなみに私を嗤った看護師さんとはまた別の新人看護師さん。3人並んでたうちの1人。


当たり前に痛みは増して、そのままずっと痛い、痛い、て言っていても誰も来てくれなかったです。書いていて間抜けすぎて泣けてくる。40過ぎた今の私なら、きっとブチギレできるのに。控えめ過ぎる。この投与で右手の薬指の血管まで引き攣れました。


4回目投与。最後の時。


この時になって、手を温めてから投与してもらえました。けどその時にはもう、痛みの範囲は肩を越えて引き攣れていました。



そんなんでもずっと先生の事は信じて、ずっと痛みのことを訴えていました。

治療して欲しい。方法が無いのなら無いことを教えて欲しい。ここで無理なら治療できるところに

繋げて欲しい。

全部言葉にする前にぶった斬られてたけど。


痛みが出て3ヶ月目、先生が耐えかねたように言いました。


「それ、筋肉痛だから」


私は黙りました。

この瞬間、この先、まともに向き合うつもりはないという意味の事を仰ったからです。


この間、先生は触診一切してません。

触れば分かるものを、見れば血管のあったところが茶色い線になっているのが分かるものを。


先生は、してやったりの顔をされましたがそれでどうだというのか。こんな筋肉痛があってたまるか。


これがたいした事がないと言うのなら、他のどんな異常が出ても報告するような価値もない事だわ。


ほんの少し、皮膚を指で押さえるだけの刺激でも、ペンを持って文字を書く腕の揺れだけでも、息が詰まるような痛みと意味のわからない情けなさと、涙と、引き攣れていく範囲がどんどん広がる怖さを、全部報告する価値も対処する価値も無いと言った❗️


信じていたのに裏切られる絶望が分かりますか。


できる事が無いなら、無いで言葉にして向き合ってくれたら良かったのに。(でも、その後自分で調べていた時にステロイドの投与ができると知った。血管が潰れ切った後で何ができるか知らんけど。そもそも血管の異常の診断を付けていないから何も出来ないけど)


向こうは筋肉痛で処理しているので、当然血管の異常も記録していないでしょう。まともに聞こうとしていなかったので、どこまで引き攣れの範囲と痛みが広がったか記録に残せていないでしょう。血管造影でどこの範囲まで広がったか分かる??私、1番最初の造影剤で吐いてるんですよね。なので受けてないです。それは技師さんから先生に報告上がって、先生もご存知のことでした。だから術後すぐの造影剤はすんなりやめときましょうか、で終わったんですよね。担当の先生が異動で変わってからも吐いたことを伝えて受けないでいたら


「記録にありませんけど(ムッ💢)」


私「(絶句)」


先生優しいし嘘つく人じゃないからほんとなのが分かった。マジか。


あれだけ激しく出た抗がん剤の副作用を構ってほしいが故の演技で処理して、血管の火傷(と思われる)を筋肉痛で処理して、技師さんが上げた薬の副作用を記録しない(絶句)。検査の中で唯一、同意書書くやつなのに。


検査で異変が出ても、たとえ命落としても文句言わないという同意書。


絶句ついでに、ここまでの経緯で絶対造影剤受けないでいようと心に決めたんです。怖すぎる。文句言うから。同意書書けない。


なので、血管の記録は向こうに存在していない。

治療ができない?する気がない。診断つける気もない。治療できるところに紹介したり繋げる気もない。異常が出て3ヶ月以上過ぎて、1年以上経って、5年経って、何ができるの。それこそ、


「今更だなぁ」


じゃないの。


ちなみに記録関係の絶句はまだまだある。

軽いところで、右腕針刺し禁の記録の抹消が私が把握してるだけでも5〜7回ある。その都度、検査技師さんが「記録に入れておきますね〜」てその場で入力したりなんだりちゃんと入力しているようだった。けど消える。笑えるところでは妊娠中都度血液検査するじゃ無いですか。連続して消えてね。さすがに技師さんが異常さにフリーズしてた。誰が消してるんだろ。


針刺し関係の余談。

骨シンチの時のお薬入れる時、最初の頃は忘れて何回か右腕を出しちゃったんですよね。

2〜3回くらい、「血管がない…」て絶句された。おじいちゃん先生だったからか最近見ないな。定年されたかな。



ものすごい長文だな。でも書いてみるもんだな。

吐き出すと楽になる。まだ書いとこか。誰が読みたいねん、てやつ。


術後5年くらいして、担当の先生が産休に入った。

代わりに、当時の副院長先生が2回くらい診てくれた。フォロー大変そうだけど素直におめでたを喜んでいた。


産休に入った先生はFEC中のゴタゴタは知らないし、優し過ぎて下手に巻き込んだら私を嗤った看護師さんが異動したての先生をいびりそうで何も訴えなかった。


血管のこと何とかなるかな(もう無理だろうけど一縷の望みで)、と思って軽く話をしようとしたらサッと顔色を変えて


副院長「残念だったなぁ❗️記録はもう無い‼️」


私「(唖然)」


ああ、この人(副院長)訴えられるのが怖いんだなぁ とか、ほんでもって私、訴えたら勝てるんやこれ…とか、そんだけの事されたんやなぁ…とか、誰に対してのかわからない情けなさとか、今までの訴え、そんなふうに見られてたんやとか。


もうほんとに、信じられない事ばかり起こるわ何でやねんとか、医療と患者の信頼関係、て患者だけの責任になんのかな違うよな、とか。この場合ウチじゃなくて医局側の問題やろとか。



あともひとつ、忘れられない言葉があって、私、子供欲しい人だったんですよ。でも結婚3年目に掛かる直前で乳がんが発覚したんですね。


なので術後、当時の初代先生とお話しして、服薬治療を1年して休止してたんですよ。

最初、1年休んで授からなかったら諦めようと思っていたのがなかなか踏ん切りがつかなくて、二代目先生が産休に入られた事で諦めがついたんです。まぁ5年目なんですけど。


再開して意味あるかなぁ、でも10年飲む人も中に入るみたいだし…て尋ねてみたんです。


「今更だなぁ‼️」


ですよねぇー😁てアホな顔で返したけどもう慣れた。造影剤での撮影勧められて断った後だったから副院長先生も疲れたんだろう。ステロイド大量投入で薬への身体の反応鈍くして撮影も出来ると言われたけど。そこまでして撮影するメリットが分からない。あと、気軽に記録が消えるのに受けたく無い。


誰それが何を言った、とかはっきり言うのはここが初めてだな。


ぼやっと言ったことはあるけど、どうせ誰もなにも対処しないだろうの諦めがあってほんとにぼやっとしか言ってない。


けど、まー吐き出してみるもんだね。

スッキリする。

ウジウジしてるより何より健全だ。

めっちゃ長文になったけど。

なんかまだあるような気がする。


あ、あった。

術後、腕の皮が浮腫んで張って、皮膚の内側全体からチクチク針で刺すような痛みが。手指も握り込みにくくて、浮腫が出たんじゃないかと相談してもスルーされた。


あとで浮腫の初期症状だと知った。


あーえと、裁判?裁判して私の血管元に戻るの?意味のない情けなさでうめいて泣いたあの思いが記憶が消えるの?そこより患者を嘘つき呼ばわりして嗤う医局を何とかする方にお金使って欲しい、私は。あと素直に、治療していただいたことには感謝してる。