たくさんの人々の犠牲のもとに、日本が平和への第一歩を踏み出した日です。
自分が、教育の道を選んだ大きな理由として、4年前に亡くなった祖父の存在があります。
祖父は戦争経験者で、第二次世界大戦も東京大空襲も、自らの生活の中で経験しています。
そんな祖父から、よく戦争の話を聞かされました。
かなり生々しい話もありましたが、同時に今の日常がどれほど幸せなのか、平和というものがどれほど尊いものなのか、そして、戦争がどれほど悲惨で、憎しみがどれほどの悲しみを生むのか。
もともと、自分は中高時代、そんなに勉強は得意ではなかったんですが、公民の教科書に出ていた、教育基本法の前文に目が止まりました。
われらは先に日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意をしめした。この理想の実現は根本において教育の力にまつべきものである。
われらは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にして、しかも個性ゆたかな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。
ここに日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
この教育基本法は、終戦直後、全てを失った日本に唯一残った、未来への希望と決意でもあります。
そして、二度と戦争の惨禍を繰り返さないという誓いでもあります。
これを見たとき、真っ先に祖父の話とつながりました。
もし、戦争がもう少し、長引いていたら、祖父は確実に戦争へ動員されていました。
そうすると、自分は今こうして存在していることすら出来ていないかもしれません。
もっと言うと、妻と出会うこともなく、今年産まれる子どもとも出会えなかったかもしれません。
だから思ったんです。
自分は教育によって、戦争のない、愛と笑顔に包まれた平和を創っていきたい。
それを、自分が生きた証にしたい!と。
これが、教育の道を選ぶに至った本当の原点です!
私には卒業生含め、350人の教え子がいます。
もしかしたら、その中から、社会の底辺で懸命に生きる庶民に光を当てられる、本当の日本のリーダーが出るかもしれません。
もしかしたら、世界から武力や戦争を無くし、平和な国際社会を創る世界のリーダーが出るかもしれません。
難病と闘う人々を救う、医師が出るかもしれません。
原子力を安全に運用するシステムを開発する人が出るかもしれません。
別に、リーダーや医師や科学者だけが偉いと言っているわけではありません。
方法は色々あるけれど、人々に何らかの形で、幸せを与えられる、そんな社会人として旅立っていく教え子たちであることには間違いないんです。
たとえ小さな幸せでも、愛を込めて与え合えば、それはやがて平和につながると信じています。
なぜなら、1人が幸せになる方法も、世界中の人々が幸せになる方法も、同じだからです。
だから、正直、教科書の勉強の内容なんて、いつか忘れてしまっても、構わないと思っています。
その中で、わずか一部分でも興味を持てたなら、それは自分の可能性です。
そして、たとえその時に興味を持てなかったとしても、
苦手なことに挑戦する姿勢
挫折から立ち上がる強さ
達成する喜び
そして優しさ などなど
学ぶべき大切なことは、たくさん付随しているものです。
そして、小さな幸せを与え合える、そんな人になってもらいたいと思いながら、日々子どもと接していきたいです。
もちろん、教育はすぐに答えや結果が出るようなものではありません。
5年、10年、20年先。
本当に答えが出るのは自分が死んだ後かもしれません。
でも、教育とは種蒔きだと思っています。
そして、その種が芽を出し、雨風に打たれ、強い日差しを受け、極寒の冬を越え、時には枯れそうになる中で、力強く大輪の花を咲かせることができるようになるのだと思います。
幸せを与え合える社会=笑顔いっぱいの社会=愛に溢れた平和な世界
教育者の端くれではありますが、その実現のために、少しでも足跡を残していきたいと思います。
それが、自分の生きる意味であり、生きた証になると信じています。
思ったことを、思ったままに書き綴ったので、読みづらい文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


ゆうた
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