二人でこの役所に来たのは約7年前、婚姻届を取りに来たときだった。
それ以来二人で来ることがなかったが、それも今日で終わり。
正人の本籍地の役所にわざわざ出しに来なくても良かったのだが、「これから新たなスタートを切るんだから」ということで、最後の夫婦の仕事をすることになった。披露宴でケーキ入刀を「初仕事」というんだから、あながち間違っていない。晴れやかに役所の人が「これが夫婦最後の仕事です」とか言ってくれちゃうと明るくなっていいんだがなぁ・・・。なんて思いながら入り口の前で正人を待った。
10分経っただろうか、イライラが強くなったところで正人が走ってやってきた。
「最後もこれ・・・?もういいかげんにしてよ。」
「ごめんごめん、道が混んじゃってさぁ。ま、とりあえず中入ろうよ。」
軽く謝って、話題を逸らす相変わらずの巧みさに笑いがこみ上げる。ある意味職人だ。
「紙持ってきてる?絢人元気?」
「うん、元気。今日はスイミングクラブのスキー教室行ってるよ。」
「これでスキーあいつが覚えれば、楽しみも一つ増えるなぁ。」
「父子で楽しむスキーツアーねぇ。」
「まぁ・・・。」
ここで会話は途切れてしまった。
緑の紙を提出して、あっさり受理されて役所をでるまでの20分間、会話はほとんどなかった。出てすぐ、重い空気を必死にかき消そうとするように、上ずった声で正人が話し出した。
「あ、あのさぁ。取り合えず夫婦じゃなくなったけど、知らない仲ではないんだから普通に話さないか?離婚もどちらかの不貞とか借金とかいうんじゃないんだし。まぁ、まずは車乗らない?仕事今日休んだんだろ?」
「じゃあ取り合えず車で家まで送ってくれない?」
「その前にメシでも食おうよ。もう昼だろ?ちょっと付き合えよ。公正証書の確認もあるし。」
「確認はもうしたじゃない。親権は私、慰謝料はナシ、養育費は年収の1割。面接などの制限はなく、必要なときは両親協力の下養育に励む。以上でしょ?それに前みたいに牛丼とか嫌だし。」
「今日は俺が今泊まってる日本橋のホテルでランチしようよ。じゃないと確認できないしさ。」
「・・・・・。」
話しながら車に乗るものではない、この時激しく痛感した。私の意志とは関係なく車は都内に向かって走り出し、私はこれから先のことをぼんやり考え始めた。
正人と私は10年前に知り合い、7年前に結婚した。
結婚してすぐ妊娠し、今はもうすぐ6歳になる絢人がいる。
正人はそもそも長期出張族なので、絢人も彼の不在に慣れている。
離婚はしたが、一応養育は2人でやる方向で考えている。いわゆる「おフランス式」?
そんなにうまくいくのだろうか、再婚したりされたりで均衡はくずれていくのではないか?
先のわからないくだらないことをグダグダと考えていたら日本橋付近についていた。