年が明けて、瀬戸内寂聴の「まさか」がたくさん起きています。
震源地は、昨年おととしと、噛み犬がいる我が家にとって、犬オッケーの能登の旅館には大変お世話になっていました。
朝市では姉妹でアクセサリーを作っていらして、お二人から可愛い輪島塗のアクセサリーを買いました。
アクセサリーがこわれたらここにメールしてねってくれた紙があるのですが、、、無事なのでしょうか。
被災地の現状をもっと知りたいと思いますが、知るだけ、思いを馳せるだけで何もできない今です。
だからこそ、もしかしたら災害状態を知りたいって気持ちは、生や死に対するたんなる人間の知りたい欲求でおわってしまうものなんじゃないかと、不謹慎なことなんじゃないかとすら思います。
だからひとまず、今は自分のことに目を向けてみます。
最近は、昨年「復職するから異動させてくりー」って申し出てから前向きに生きています。
カバンや洋服、くつなどに目が向き、仕事関連の情報に目が向くようになってきました。
それよりも注目したいのが、
次はどう働きたいかって気持ちが大きくなったこと。
もしも異動できなければ、その時考える、もしくは、またとんずらして逃げまくる。
逃げて逃げて逃げまくることにした。サラリーマン、どこまで逃げられるかやってみようと思う。なんな人体実験。
いやなことは徹底的にやらない。怒られるのはウェルカム。
どんどん怒られようと思う。詰めまくられてみようと思う。
復職後は、私が25年もの間ずっと戦ってきた、
「おこられるのは私が悪い」
「怒られないように、失敗しないようにお伺い行動をする」
このあたりの気持ちと対峙することになるのだと思います。
会議や打ち合わせでドキドキしてしまい、上手くはなせず「はい、わかりました。すみません」しか言えなくなってしまったのは、
相手が怖くて萎縮していたというよりも、
このあと大喧嘩になって相手をぶんなぐってしまうしまうかもしれないドキドキ感、もっといえばワクワク感なんじゃないかと考えてみたら、ちょっと面白くなってきたところもあります。
そして不安が大きかったとき、
とても大きいリュックにたくさん荷物をつめこんでいたということに気づいた。
いつでも出せるように、何かあったらすぐ対応できるように、
そんなシチュエーション、多分1年で3回もなかったと思う。
そしてその3回すら、あとでどーにでもなる場面だったと思う。
なので荷物を少なくしようと思ってます。
洋服も沢山あったけど、今調整しています。
大勢の前で話したりすることが、なぜか年をとるにつれ苦手になってしまったので、これはワイパックスを頓服でやっていこうと思う。
ワイパックスについては別で買いてみます。