もうダメかのような所見だった母が一般病棟に移り、

ひっくり返るくらいびっくりした最初の入院。

あっという間に2週間で退院。

しかし、治ったわけではなく、心臓のカテーテル手術をするまで

自宅で待機してほしいとのことで退院。

 

入院中に県外出張したときは

新幹線に乗るギリギリまでホームに立ち

今なら引き返せる、と思ったり

乗ってからは「もうこれで戻れない。どうか急変がありませんように」

と願うような気持ちでした。

現地についてからも、今ならレンタカー屋さんに駆け込めば

岡山まで運転して帰れる、ああもうそれも閉まってしまった・・

などと、往生際悪くそんなことばかり考えていて

あまりの恐ろしさに眠れず、ホテルのBARで一杯飲んだことも。

 

戻ったと言っても、2週間後、大手術をすることが分かっている母。

どうにかして少しでも元気に。細胞一つ一つに活力を。

そして風邪をひいたり転んだりのトラブルは絶対なきように。

母の食事も、生活動線も、考えに考え抜きました。

しかし、たった2週間の入院で、ベッドから降りないようにと

制限がかかっていた母は、もともと歩きにくかった足がよろよろ・・・

歩くのは危ないからと、退院時は車いすで看護師さんに運ばれてきて

めちゃくちゃびっくり。

高齢者がほんの少しの間歩かないだけで、こんなことになってしまうのね・・

また、入院の症状に関しては細心の注意を払ってくれるものの

退院後の生活までは、病院の担当ではない。

安静も大事だけど、帰った後の生活も大事。

「トイレに行くのもいちいち許可が必要で、強烈なストレス」

「歩けるし、トイレを我慢して許可を待つのが嫌すぎて勝手に行ったこともある」

な母。排泄のストレスは確かに辛いと思う。

病院の立場も分かる。だけどその慎重さが未来のQOLの低下にもつながる。

とても難しさを感じますし、

医療、介護の分断も感じる入院となりました。

 

そんな恐ろしい状態で母が戻ってきたのが

新入社員研修に出発する前日・・・。

明日から県外出張なのに・・・。

いない間の手はずを考え、緊張して新入社員研修ツアーに出かけました。

忙しい自分の働き方に、何ら問題を感じていませんでしたが

自由な時間がかけらほどしかない生活が

こんなにも大事な人に時間をとれない生活だったことも

痛感するようになりました。

背景が変われば、物事の価値が変わる。

そんなことも思った2週間でした。