手術で子宮筋腫と卵巣嚢腫を摘出し、
小さい筋腫を残しつつも、子宮内もきれいにしてもらった。

不妊治療が必要と思ってなかったので、
専門のクリニックへ転院し、治療するための検査を
してもらった。

卵管造影で左の卵管が詰まっておりとおらず、
右はかろうじて通るくらい…でした。
子宮内膜症もあり、筋腫もまだ小さいのがある。

排卵は問題なくしていたが、卵管に問題があるため
一度タイミング法試してみて、もし出来なければ
体外受精へすすむことになった。


通常、タイミング法→人工授精→体外受精→顕微授精
と段階を踏むことが多いと思いますが
私の場合は、卵管や内膜に問題が見られ、年齢的にも
ゆっくりはしてられないとのことで、人工授精はなかったです。

そして、タイミング法はもちろん陰性で
体外受精へとすぐになりました。

このときはまだ採卵しても16個くらい取れたしほとんど授精もしました。
1度目はダメでした。
2、3度目は、内膜をきれいにしてもらい、顕微授精になりました。
そして、4度目はhcgが反応し初めての着床でした!
でも、数値が低いのでもう一度来週胎嚢確認できるか見てみましょうと言われ、1週間後数値が下がり、
化学流産となった。

5度目、再び内膜をきれいにしてもらって顕微授精。
すると、hcgが上がり初めて病院での検査薬に陽性がでました!
初めて「おめでとうございます。」と言われた。

この時、5週目だったかな。
胎嚢確認と心拍確認をまた来週しましょうと言われ、
1週間ドキドキで過ごした。
6週近くなったころ、電車でも気持ち悪くなり
つわりってやつかな?と思い、その気持ち悪さだけでも
嬉しかった。
そして、病院予定だった数日前に
お腹に激痛が走った。
意識も薄れそうになりながらトイレいくと出血していた。


そのまま病院へ運んでもらい、
痛み止も妊娠中とのことで打ってもらえず
激痛のまま分娩台へ。

胎嚢確認はみえず、hcgの数値があがってるので
明日また確認してみましょうと。

そのまま緊急入院となり、あまりにも痛すぎるので
和らげる注射をしてもらった。
そこで初めて我に返り、一人病室で号泣して祈った。

が、祈りは届かず大きな大学病院へ転院させられ
「子宮外妊娠」が発覚した。

手術と共に、卵管を失った。



そんな悲しみのなか、姑に
「妊娠安定してないのに動くからや!」と言われ
なんとも言えない屈辱を味わった。


こうして、初めての妊娠判定は幕を閉じた。