どんな場所にも『そこのリーダー』みたいな人はいるもんだ。


朝日さん(患者①)はその日も『いつもの席』にいた。



朝昼晩と皆が食事をする大ホールは、自由席なので席が決まっている訳では無いが

朝日さんはいつも同じ、テレビが良く見えるその席に座っていた。


声が大きく、とても明るい女性で、男女問わず彼女の周りには常に人が居た。



恐らく、私と年齢は近そうだ。

私のほうが2,3個歳上と言ったところだろうか。

最初は、私の方から朝日さんに話しかけた。


「今日は天気が良いですね〜!」そんな日常会話だったと思うが、

特に話は盛り上がらず、私は直ぐにその場を離れた。



その後も二人きりで話すことはなかったが、やはり朝日さんは人気者なので

私が仲良くしている阿川さんや、私より20歳年下の田中さん(患者②)とも仲がよく、

二人は朝日さんからトランプ遊びにしょっちゅう誘われたため、

いつしか自然と、私も朝日さんとトランプ仲間になっていた。



トランプ中、朝日さんはずっと喋っていた。

お笑いが好きなようで、会話の中に昔流行った芸人さんのギャグを散りばめ

田中さんは、それを受けて笑い屋のおばちゃんのように

いつも、爆笑していた。

その二人の姿を見ながら、阿川さんと私が微笑む。

それが、私達の日常だった。



ある日の話は、朝日さんがクレーマー気質があると言う話だった。


大ホールの隅っこには、皆が使える公衆電話が設置してあり、

就寝前になると皆がそこに並んで、家族に電話して一日を終える。

それがルールと言うワケではないのだが、私も毎日、列に並んで夫に電話していた。



夜は混み合う公衆電話も、昼間に利用する人はほとんどおらず、

その隙を見て、朝日さんはクレームの電話を掛けているらしい。

クレームの内容は専ら、テレビを見ていて腹が立った時が多いようで


「「CMの後、すぐ!!」ってテロップまで出しといて、

なかなか、答えを教えてくれない。引っ張りすぎ!!」


そんな内容で、わざわざテレビ局に電話しているらしい。



ある日の朝日さんは、スマホに保存した昔の自分の写真を見せてくれた。

そこに写った二十代半ばくらいの、穏やかな笑顔の女性は

本当に美しく、可愛らしかった。


「薬飲むようになって、太っちゃって〜!」とまた、お笑いの方向へと話を持っていこうとしたが

きっと、その写真は朝日さんにとって大事な写真なんだろう。

朝日さんは、懐かしそうに笑っていた。

その頃に付き合っていた彼氏と結婚を考えていたが、お互い仕事が忙しくて

会わなくなって、結局、別れてしまったらしい。



「山田さんは、子供いるんだよね?」


「そうそう、まだ7ヶ月〜!」


「良いなぁ〜、私も子供欲しいなぁ…」


「大丈夫、欲しいなら今からでもまだ間に合うよ!私、39で産んでるし!」


「39!それなら、まだ4年あるから間に合うかも!」


そう言って、キャッキャしてる朝日さんは、

昔の写真のように、可愛らしかった。




ある日の夜

外からボンっボンっと、花火の音が聞こえてきた。


朝日さんは、隙間から外が唯一見える窓の方へ

一目散に駆け出した。



「お〜!みんなー!!花火が見えるよ〜!!」



皆がワラワラと朝日さんに近づいた。


「並んで並んで〜!一人、30秒で交代ね!!」



私も、ゆっくりと歩いてその列に並んだ。



「お〜!見えた見えた〜!!」

「綺麗〜!すご〜い!」


皆の歓声が、次々と上がる。

私の番が来て、窓の隙間を覗き込むと小さな花火が見えた。


「あ…見えた…」




「また、見たい人は後ろに並び直してね〜!!」

朝日さんはいつもに増して、生き生きとしていた。




『朝日さん、ありがとう。

多分、私、この日のこと一生忘れないよ。』




私は心の中で、そう呟いた。