新型インフルエンザ(豚インフルエンザでしょ!)については最初っから胡散臭くて気に入りませんでした。

08年には「感染列島」がカンヌに出展されその内容が話題を集め、翌09年1月に日本で公開予定と決まりテレビでのCMも頻繁に露出していました。
黒死病と呼ばれたペストの大流行で人口の三割が死んだと言われる、14世紀ヨーロッパの件を引き合いに出し無闇に不安をあおっているように私のアンテナは感じていたのでした。

そしてまさしくタイムリーにメキシコでの豚インフルエンザの発生!です。

発生の初期段階から、今回のインフルエンザが世界規模で流行する事を、WHOのパンデミックレベル発表等も含めて、異様に煽っているように見えてならなかったのです。

新型でなくてもインフルエンザに罹り他の疾患との合併で亡くなる方の数は毎年かなりの数に上るはずです。
一説によると季節性のインフルエンザで肺炎等の併発を含むと多いときには1万人以上の死亡者数になっているらしいです。

それなのに今回の新型に関しては、罹患しての死亡数がまだ世界規模でも一桁や二桁人数のうちからセンセーショナルにニュース発表していたように思われます。
それも殆どインフルエンザが直接原因では無いようです。


さてそろそろ本題です。
先日テレビで「舛添厚労相が新型インフルエンザ用ワクチンについて有識者から意見聴取」とのニュースを見ました。



役所に集まったパブリックコメントやいわゆる有識者の方々の発言が、ニュースになり目に触れるのは珍しいと思っていたら、ふとある本に書かれていたことを思い出しました。
ちょっとセンセーショナルな題名の「人間の終焉」と言う本、副題が「テクノロジーは、もう十分だ!」と到って重厚で真面目な内容のものです。

そのほぼ纏めに当たる章のなかに、政治的に何かを決定するとき「頼りになるのは誰か」について一節を割いています。
そこには、論議に加わっている「陣営」はどこも「自分たちの」識者を持っていて都合のいい意見を述べることや、学者はさまざまな理由から産業に囲い込まれてきて、本来審査すべき対象当事者と同じバックグランドを持つ御用学者となっていることが、そこで扱っているテーマは違うのですが書き込まれていました。

ニュースを見ながらこのことがダブって思い起こされました。
ニュースの主題でもある足りないワクチンの輸入決定までの経緯とか、輸入ワクチン接種による不測の事態に政府がどう対処するのかとか、ワクチン不足が故の順番をどうするかとか・・・
これらのことに付いての識者意見とは、本当に大所高所に立っての万人が納得できる発言なのかどうか?
それ以前に、役所が要請した学識者たちの選択基準はどこにあるのか?

何でも穿り返す事が良い筈もないが、でも知りたい。納得したい。

サミーデイヴィスJrが「One for my Baby」の歌に載せて、当時エンターテイメント界を賑わせていたスターの物まねをする多才さを見せている。
登場するのは、フレッドアステア、ナット'キング'コール、ビリーエクスタイン、ヴォーンモンロー、トニーベネット、メルトーメ、ルイアームストロング、ディーンマーティン、ジェリールイス。

 

 

さすがに親分のフランクシナトラの真似は控えたか・・・?
この時代のアメリカンポップスに関心のある人にとっては楽しめるビデオですね。
私は大好きです。

まだ、世界中が特に大国アメリカが無邪気に進歩や発展を目指していた頃の、いい意味での単純一丸となっていた世相を思い出させますね。
エンターテイメントを足がかりに、今につながる歴史を振り返ると別な世界の見方ができます。