中3の夏から、いつも八月に思いを馳せることがある。

夏休み中に、クラスメイトの男の子が亡くなった。


その子は母の教え子(に近いような存在)でもあったから、
ご遺族と共に火葬場へ行き、ご遺体と対面をした。当時から目に焼き付いて離れない。私は泣いた。

ご家族の想い、先生の気持ち、その子の事


中3って、どれだけ子供でどれだけ大人なんだろう。当時の私はそんなことを思いながら、周りの子達を軽蔑した。

1人の同級生の死を取り巻く周りの子たちの言葉や様子が、あまりにも残念だった。あり得なくて、信じられなかった。同じ集団にいることが嫌だと思うほどだった。
自分もなのに、15歳とはこういうものなのか、子供だからこの程度なのか…などと悟ったりした。
もちろん、同じように悲しんだ子もいた。

あれから12年が経つ。毎年八月にはこの事を思い出し、当時のことを考える。私の記憶が正しいのかも曖昧だけど、色々とはっきり頭の中に残っていて、複雑な気持ちが蘇ってくる。この記憶、何か勘違いならその方が嬉しい。

記憶が不確実なものだとはよく聞く。実際そうだと思う、だって、同じものを見ても10年前の私と今の私が感じることはきっと違う。違うかもしれないし、同じかもしれない。記憶はそうやって、形を変え続ける。創造してしまっている可能性さえある。

記憶といえば、子供の頃のことを殆ど覚えてない人も多いらしい!それに反して私はいろんな事を覚えている。多分、執念深い性格なんだ。ちょっとイヤだな。。。

夏休みといえば、家には必ず作った麦茶があるのだけど、彼氏にはその文化がないみたいで。少しだけ衝撃を受けた。夏休みは麦茶でしょー?!素麺は一口ずつクルッとするでしょーーー