人の気持ち程、変わり安いものはないでしょう。
ずっと一緒だからね。なんて言われた事がありませんか?僕はあります。しかしながら、今、バツがつこうとしています。この世は嘘つきだらけなのか!!そうではありません。不変な物などありはしないのです。
いかにして、気持ちを穏やかな方向へと持っていくか、その答えは自身にしか出来ない事です。離れてしまった相手の気持ちを取り戻そうとしても、それは執着でしかありません。ありのままを受け入れる。
無くなってしまったものは、ないがままを受け入れる。
恋人との関係が良好な時、おいしそうな物を見つけたら。
あの人と食べたいな。
と思うだろう。これが菩提。
関係が悪化している時、フラれた直後なら、
あの人ともう食べられないんだ。
と思うだろう。これが執着。
時が過ぎ、別れからしばらくして
叶わなくともまた、
あの人と食べたいなと思えるなら、それこそが涅槃ではないでしょーか!!
悔しくて、悲しくて、当たり前にあった幸せが壊れてしまった。自分が自分で無くなってしまった。そんな気持ちを乗り越えて、
この世は修行です。
気持ちは見えなくても、伝わるものです。
目の前に、いない人にさえも届くと私は思います。
だから人は手を合わせて祈る、拝むのではないでしょうか?
それは、一方通行で何も答えてくれないと虚しく思えるかもしれません。
しかし、何も言わず、全てを聞き入れてくれているとも感じる事が出来きませんか?
日々の些細な幸せもあたり前では無く、その人からの姿を変えた気持ちかも、私の気持ちも姿を変えて、今あなたに幸せを届けているかもしれません。
そう思えたら、日々の暮らしに感謝の気持ちが芽生えてくるのでは無いでしょうか。
仏は常に世にいます。
合掌
