イオンの中にあるカプリチョーザからハガキが来ていました

1/26に閉店するから10%引きにします!今までありがとうございました

みたいな内容。
ここのイオンができた当時、
イオンのある市で何件か仕事をしていて、カプリもよく利用していたので、久々に行こうと思い行って、その後 ぐるっと見てきました

変わったもの、場所
変わらないもの、場所
いろいろ見れていろいろ思い出してました
当時、仕事前に母とカプリでパスタを食べて、
私は仕事(1.5時間)へ、母は私が仕事が終わるのをスタバで待ってくれていました。
仕事が終わって帰り道、
車で線路に一時停止中、後ろから飲酒のスピード運転(だったっけ?)の車に後ろから追突されて、二台共 廃車になる事故に遭いました

Oo。。( ̄¬ ̄*)

追突された瞬間、目の前が見えなくなり、真っ白な世界になり、

ゆっくりと動くメリーゴーランドみたいにゆーっくりまわりながら、
あー、私、死んだのかな…
電車にひかれたのかな…
( ・(ェ)・)
と その真っ白な世界の中で ボーっとしながらも冷静に思い
そしてそのすぐ後に
すーーーっっと目の前が見えてきたのを今でもはっきりと覚えています。
どのくらいの時間 動けずにいたのかはわかりませんが、
いざ、動こうとしたら、運転座席が動かない

( ̄□ ̄;)!!
無理矢理なんとか車の外に出ると
踏切前で一時停止していたはずが、
車二台共、線路を越えて交差点の方まで来ちゃってるではないか…

(-_\)(/_-)三( ゚Д゚)
相手はまだ車の中で放心状態。
私はそれを見てブチっとキレて(笑)
相手の車のドアをドンドンしながら
Σ\( ̄ー ̄;)
みたいなことを言って相手を車の外に出した記憶が…

(・・;)私って…

相手の免許証を預かり、警察を呼んで
新発田のスタバで私の仕事が終わるのを待っていてくれた母を歩いて迎えに行き、
事故現場に戻り
父に電話して
翌日、指導のある生徒さんに連絡して…
そんな感じでなんやらかんやらいろいろしました。
それにしても、あの時 母がいてくれて本当に助かったー

一人じゃ無理だっただろーなぁ
不幸中の幸い。
精神的ケアは 母と、大好きなリラックマのぬいぐるみリラックマがしてくれて(笑)
事故後の手続きやら相手や保険会社や車屋さんとの話し合いなどなどは、父が一生懸命してくれて
私は家族に守ってもらい、無事に終了することができました。
当時はなんとなくその事故現場に行くのが嫌だったんですが、
今回新発田に行った時は、がっつり見てきましたよ。
じぃーーっ
( ̄ー☆
今となっては、あの事故は貴重な体験になっています
(;´▽`A``
そういう微妙な場所はしっかり残っていたけれど…
生徒たちと皆で一緒に食べたブッフェのお店はなくなっていて…
(ノ_-。)
母と事故の日に食べたカプリも26日でなくなるし…
(ノ_・。)
ちょっとさみしいね。
でも、あの頃中学生、小学生だった新発田の生徒たちは今、関東で学生になったりテレビ局で働いていたり、演劇に携わる仕事をしたり、そういう嬉しい変化もある
(*^▽^*)
変わったもの、変わらないもの
いろんなものを感じれて、良い時間を過ごせました

ヾ(@^▽^@)ノ