久しぶりに、イベント司会の仕事をしました。
研修業務が主となってからは、恒例の司会の仕事はしても
新たに司会の仕事をするのは久しぶり。
とっても緊張しながらも、アットホームな雰囲気の夏祭りに関われて
心が温かくなりました。
研修で何度も呼んでもらっている萩市田万川の花火大会。
夜遅くまでの仕事だからその日は事務局が宿泊先を用意してくれました。
田万川は萩市ではありますが、島根県よりに位置しているので
ホテルは島根県益田市にあります。
できたばかりの綺麗なホテルでのんびり過ごし、
翌日は山口市で仕事があるので、益田から9号線を通り、車を走らせ帰りました。
空には夏雲。
山間の美しい景色を見ながら、カーブの多い道を慎重に運転していました。
すると表示に「日原」という文字が飛び込んできました。
その瞬間、とても不思議な体験をしました。
頭の中に、一気にいろんな映像が浮かんできて、言葉が文字としてよぎってくるのです。
「日原天文台」こちら。という看板の近くの空き地に車を止めて
きらきら光る川をしばし眺めることにしました。
初めて、益田から車で9号線で山口まで帰ったので、日原は初めての土地。
でも、運転するには少しあまりの感情の波が来て止めざるを得なかった。
理由は、一気に浮かんできた映像、言葉にあるのは明白なので
あえて、日原という地で少し心を癒そうと思ったのです。
私には仕事を通して出会った、かけがえの無い「メンター」がいます。
その一人。
その方が日原の出身で、よく、日原の話しをしてくださっていました。
私は最初の子どもを出産してすぐに、今の会社に入りました。
元銀行員なのに、人前で話す仕事がしたい。と、ずぶの素人なのに
司会、アナウンスの仕事をするため無謀なチャレンジをしたのです。
当初、子育てをしながらですし、テレビやラジオに出ているわけでもない私には
そうそう司会の仕事が来ることはありませんでした。
数年して、ある結婚式場で出会ったのがその方です。
その方は、ブラジルで長年働いておられ、ブラジルでの仕事が一区切りついたということで
ふるさと山口でホテルマンとして働いておられた、60代の紳士。
私の司会する披露宴の担当に初めてなってくださったときから
「温品さん。僕は、たくさんのお客さんと出会ってきました。海外でも仕事をしたので
異文化の方ともかかわってきた。
温品さん。あなたは、きっと、何をしても成功するオーラをまとっています。
自信を持って仕事をしなさい。」
と言い続けてくださいました。
どんな失敗をしても
「温品さんが失敗をしたのであれば、うちのスタッフはカバーできなかった自分を
責めます。自信を持って失敗しなさい。」
と言い続けてくださいました。
それから数年、仕事も次々入るようになって、私は司会の仕事だけでなく
コーチングの資格を取って、研修をする仕事をするという目標を持つようになりました。
40代になる直前で、
子どももまだ小さいし、資格を取るには東京や福岡に何度も通わないといけないし・・・
いろんな壁があり、やりたいのにできない。やろうと思えができるのにやらない。
自分を責める時間が増えてきたころ、仕事でその方と会う機会がありました。
「温品さん。何か悩んでいるんじゃないの?
内容は聞かないよ。
悩んでいるなら、やりなさい。
良いですか?あなたがやりたいことをやるのであれば
自然にあなたを助けてくれる人がいます。
自信を持って、周りに助けを求めなさい。
あなたに頼られたら、周りの人は喜びます。
あなたは、やりたいことをやればいいのです。」
と穏やかに言ってくださいました。
なぜ私にそう言ってくださるのか、わからなかったけれど
不思議と、その方に逢うと元気出たし、
「自信を持ちなさい」と言われるたびに、前に進もうと思えました。
国民文化祭・国際交流世界大会・国体・・・
大きなイベントがあるたび、私を推薦してくださり司会のキャリアを高めてくださいました。
そして、司会を仕事をしながら
家族や友人に助けてもらいながら、コーチングの資格も取得することもできました。
なぜか、岐路に立つたびその方に逢い
そのたび、「あなたは素晴らしい人。心配しないで、やろうとおもうことをやっていいですよ」と
穏やかな笑顔で言ってくださいました。
数えきれないくらいの思い出と言葉をくださり
数年前に病のため亡くなりました。
病院へ伺ったときに、お見舞いはネクタイにしました。
だいぶ病状が進んでおられたようです。
私がネクタイを渡すと
満面の笑顔で
「温品さんらしいなぁ。だから、僕はあなたが好きなんですよ。
この状態の僕に仕事用のネクタイを選んでくれる。
ほんとに、あなたのその思いついたらすぐに行動しちゃうところ。
最初に逢ったときに、『この人、なんだか他の人と違うオーラがある』と思ったのは
間違いじゃなかった。温品さん。あなたはそのままでいなさいね。
成長する必要もない。そのままが、あなたなんですよ。そのままでいなさい。」
と言ってくださいました。
それらの映像や、ことばが次々、日原を通ったときに浮かんで来たのです。
亡くなってもう数年経っているし、仕事上でしかお会いしていないので
日々の忙しさにかまけて、思い出すこともそうそうないくらいに時間が経っていました。
それなのに、なぜか、
久しぶりに司会の仕事をした翌日。
たまたま、泊まったホテルからの通り道だった
その方の故郷、日原を通ったときに、
まさに、「ばっばっばっ~~~~~」と一気に映像や言葉が降って沸いてきました。
しばらく、日原を流れる川を眺めていました。
私がこうして仕事をしているのも
私がこうして家庭生活をしているのも
私がこうして生きているのも
「温品さん。」と名前を呼び掛けてくださり
「あなたなら大丈夫。」
「自信を持っていいんですよ。」
と言ってくださっていたその方の言葉が身体にしみついているからなのかもしれません。
それを思い出させるために、
私は、この9号線を通ったのかもしれない。
何だか、とても心のもやもやが晴れていく気がしました。
メンターとは、人生の師である。と言われます。
今、体調も思わしくなく、介護もあり心身ともにつかれている私に
とても大きなエールを送ってくれました。
成長する必要もない。
そのままでいいですよ。
実は、そういわれて、「成長しなくていいんでしょうか」と聞きました。
「しなくていいですよ。
昨日と今日が変化しているのが成長なのだとしたら
僕は、今、目の前にいる温品さんが好きなんだから、
そのとき、そのときでいいんです。
失敗して落ち込んでいるあなたも良い。
調子にのって、変な冗談を言っているあなたも良い。
花嫁の父と一緒に泣いて、コメント読めないあなたも良い。
堂々とステージで進行しているあなたも良い。
それでいいんです。」
次は、私が周りの方たちに
この言葉を言える自分でいたい。
と初めて訪れた日原で感じたのでした。