赤ちゃんの心拍がないことを告げられ、赤ちゃんを出してあげないといけないと言われました。
少し落ち着いてから入院してもいいと言われましたが、いつかはしないといけないことならと、翌日の入院をお願いしました。
ちょうど、翌日なら旦那さんもお休みだしってのもありました。
翌日午後に、両親と旦那さんに付き添ってもらって入院しました。
前日に聞いた処置や今回の流産について、改めて先生が両親と旦那さんにも説明してくれました。
主治医の先生には、子宮筋腫で通院していた頃からずっと見てもらっています。
愛想がいいタイプの先生ではないけれど、1から10まで全てちゃんと説明してくれること、まだ若い先生だからかもしれませんが、毎日病院にいてて入院中は毎日診にきてくれたこと。
私は主治医の先生をとても信頼していました。
処置は説明を受けた後、すぐに始まりました。
中期流産だったため、陣痛誘発による胎児娩出をすることになりました。
まずは、子宮頚管を広げる子宮頚管拡張術をしました。
ネットで色々検索していて、痛いと聞いていたので少し怖かったです。
子宮筋腫の摘出をしているため、徐々に広げていくとこのとで、合計3回行いました。
子宮頚管を広げるラミナリアを入れるのは1回目から痛かったけど、3回目はほんと痛くて、冷や汗が止まりませんでした。
そして、看護師さんの優しい言葉でつい泣いてしまいました。
この涙は痛さだけではなかったと思います。
そして、翌日の朝から、プレグランジンという子宮収縮薬を膣内に入れて陣痛を誘発しました。
3時間おきに、合計4回入れました。
この薬は1日5錠までと決められているようです。
しかし、この日陣痛がおきる兆候は全くありませんでした。
翌日、プレグランジンを入れる前に、まだ子宮頚管が硬いとのことで、バルーンを入れました。
その日も2回プレグランジンを入れましたが、陣痛の兆候がないため、結局子宮内容除去術を受けることになりました。
準備しますと言われ、すぐに呼ばれて、処置台に寝た後、点滴のラインをとり、あれよあれよと静脈麻酔の薬を入れますと言われ、効きが浅くて痛かったらどうしようって心配しているうちに、いつの間にか終わってました。
術後の痛みはほとんどなく、ただ少し頭がくらくらして、歩いて部屋には戻れませんでした。
少し落ち着いてから、吐いてしまいましたが、これは麻酔の影響らしいです。
もう、私のお腹には赤ちゃんいないのかと思うと、改めて泣けてきました。
元気に産んであげられなくて、ごめんね。
ただただその思いだけでした。
翌日、退院許可が出ました。
赤ちゃんの死産届けを役所に出して、赤ちゃんを家に連れて帰りました。
その日は枕元に赤ちゃんを置いて、一緒に眠りました。
でも、怖くて、赤ちゃんのことをちゃんと見てあげることはできませんでした。
まだ9センチ、14gしかありませんでした。
翌日には、火葬場に赤ちゃんを預かってもらい、その翌日に火葬しました。
手紙と赤ちゃんがもうお腹にいたであろう時の私達夫婦の写真やお花も一緒に入れました。
最後のお別れをしました。