ベットにうつ伏せになりぼぉっとしていると、陽気な音楽が微かに聴こえて来た。それは途切れ途切れに聴こえ、本当に陽気な曲であるかどうか定かではないが、その音量といい、途切れ方といい、心地よく耳に流れた。
そんな自分と周りの意識の相違に悶々とする自分に嫌気がし、脱力感と共にベットへと横たわる。すると、遠くから微かに流れて来るご機嫌な曲。その曲は何故だか懐かしく、私の気持ちを和ませてくれた。
もし、もし私が
内戦の激しいアフガニスタンで、学校へも行けず、母親と共にヘロインの為の物乞いに一日を費やし、夢も希望もない毎日をただ過ごす少女だったら。
明日へと繋がらない一日を終え、倒れる様に地べたへと横たわる。すると、微かに聴こえて来る陽気な曲。その曲は彼女の耳にどのように届くのか。一瞬でも、少女の瞳に希望の光りを映す事は出来るのだろうか。
もし、もし私が
手術後の経過が思わしくなく、喉に呼吸器を差し込まれ声を出す事も出来ず、筋力が衰え書く事すら出来ない、子供達は資産の心配ばかりで、病院へ訪れる事も無く、一日中、ただ、ただ動かぬ天井を見つめる老男だったら。
床ずれの背中の痛みも何なのか判らなくなり、天井を見つめながら痩せ細り真っ黒になった手を、生きている事を確認するかの様にゆっくりとすり合わせる。すると、微かに聴こえて来る陽気な曲。その曲は彼の耳にどのように届くのか。ほんの少し、老男の体と心の痛みを和らげる事は出来るのだろうか。
同じ曲でも、環境の違いで感じられ方が全く異なる。
当たり前の事だけれど、忘れがちな事。
ベットに横たわりながら、そんな事を考えていました。
私は一体何に苦悩しているのだろう。
色々な人の状況を想像してみて判った事。
私は「自分のちっぽけさ」に苦悩しているのだと。



