つづき…

 

紹興酒とは

 

後回しになってしまいましたが、紹興酒とは何なのか?を改めて説明します。

 

まず、紹興とは中国浙江省にある町の名前です。ここは今から約2500年前の春秋時代に「越」の国の都があった場所です。

 

長江の支流が網の目のように流れる江南地方の中でも、特に水資源に恵まれており、紹興を紹介する謳い文句として度々目にするのが「東洋のベニス」というフレーズです。

 

本家のベニスを訪れたことがないので私には比べることはできませんが、江南らしい水郷風情に溢れた歴史のある町で、魯迅の生まれ故郷としても有名です。

 

近年では他の地方都市と同じく開発が進み、訪れるたびに街の表情が変わってしまうのが少し残念です。

 

 

 

紹興の街の中心地では至る所に小運河が張り巡らされています。

 

魯迅の小説「孔乙己(コンイージー)」の舞台になった居酒屋「咸亨酒店」。近くには「魯迅故居」もあります。

 

咸亨酒店で飲むことが出来る「(tài)(diāo)(jiǔ) 」。色もうま味も甘みも濃い、地元民に愛されている紹興酒です。

(huí)(xiāng)(dòu」(干しそら豆のウイキョウ煮)や落花生と一緒に。

 

紹興の古城エリア「府山公園」内にある「古越龍山」の石牌。初めてここを訪れた時は紹興酒の聖地感があってテンション爆アガリでした。

 

紹興酒はこの土地にある「(かん)()」水系の水ともち米、小麦、麦麹から作られる醸造酒です。ほとんどの紹興酒にはカラメルが添加され、三年以上の熟成がされた後、瓶詰めをされて消費者のもとに届きます。

 

前回の記事に書いたとおり、中国では醸造酒の事を「(huáng)(jiǔ)」と呼び、蒸留酒である「(bái)(jiǔ)」と区別しますが、数ある中国産のお酒の中でも鑑湖の水を用い、細かく定められた製造基準を守った紹興産の黄酒だけが「(shào)(xīng)(jiǔ)」(紹興酒)と称することが出来るのです。

 

日本では紹興酒の事を「ラオチュー」(老酒)と呼ぶこともありますが、これは何年も熟成させ、香り高くなった紹興酒を現地でもそう呼ぶことから来ているのだと思います。ですから本来は三年物などの若いお酒には「老酒」の呼び方は当てはまりません。(中国語的には熟成期間が長いお酒全般に言える呼称なので、紹興酒に限ったものではありません)

 

ワインほどの繊細な味の変化の差を楽しむことはなかなか難しいかもしれませんが、紹興酒もやっぱり作り手(メーカー)や醸造方法、熟成年数によって味わいにはそれなりの違いがあります。

 

基本的には<甘・苦・酸・辣・鮮・渋>の六味があるとされ、このバランスでその紹興酒の個性が決まります。また、醸造方法の違いにより元紅酒や加飯酒などの種類にも分けられるので、それらの中から自分の好きなメーカーや醸造方法、熟成年数による好みを見つけることができれば、紹興酒ライフはグッと楽しくなるはずです。

 

 

 2008年に紹興酒のトップブランド「古越龍山」の工場見学をさせてもらいました。大量のもち米を蒸して「酒母」を作る工程。工場のあたり一帯が蒸したお米とお酒の匂いで包まれていて、呼吸をするだけで幸せな気分になります。

 

敷地いっぱいに積み重ねられた空の甕(酒坛)。目がチカチカしてきます。

 

そんな紹興酒も、中国では国宴酒としての顔も持つ一方で、以前の記事にも書いた通り、中国人民の間では思いのほかその認知度や消費量は高くなく、大きな中国の中ではちょっと有名な地酒の一つに過ぎない印象です。

 

また、個人的には紹興酒だからと言って中国料理であればどんな料理とも合うとは思いません。例えば塩気のたっている東北の料理や、極端に油気の強い料理、湖南や貴州などの火を吹く程の辛い料理、西域のスパイスが効いた串焼きなどとは到底合うとは思えません。

 

やはり黄酒の醸造が盛んな江南エリアの料理との相性が良いと思います。こってり甘口に、柔らかに煮込まれた皮付きのバラ肉やスペアリブ、甘辛に煮しめられたアヒル、上海蟹を使った料理などとの相性はこうして書きながらも涎が出てくるほど最高です。

 

 

上海の一般家庭の食卓。上の写真は濃くて甘い「太雕酒」と上海の家庭料理。下の写真は「孔乙己」という個人的に好きなブランドの紹興酒。

 

熟成年数が長ければ長いほど味わいにはふくよかさが増し、角が取れたまろやかな口当たりと濃厚なうま味、甘みを持ち合わせるようになります。

 

しかし、これまた個人的な意見ですが年数が経っていれば良いという訳でもなく、今日はすっきり若いのが飲みたいなという気分の日もあります。そんな時には価格的には一番安い三年ものくらいがちょうど良かったりもするのです。

 

古越龍山の工場の熟成庫に並ぶ1970年代の紹興酒。たしか甕1つで高級外車1台分くらいの価値があると説明されました。

 

紹興酒の代表的な三大ブランドは古越龍山、塔牌、会稽山の三つですが、このほかにも沈永和や女児紅(現在はこの二つのブランドは古越龍山グループの傘下になっています)などいくつものブランドがあります。

 

購入する時に気をつけて欲しいのは、日本でも中国でもこの三大ブランドの名前をもじったような、紛い物があることです。

 

これらの紛い物は往々にしてエチケット(ラベル)の印刷やデザイン、貼り方が雑だったりするので比較的分かりやすいのですが、安い値段で出回っているので思わず手に取ってしまうかも知れません。よく見て怪しいと思ったら購入しないことをおすすめします。

 

天台のスーパーにて。上海や浙江省内であればどこのスーパーでも紹興酒を含めた「黄酒」がそれなりの種類取り揃えられています。

 

 

甕だし紹興酒

 

「甕だし紹興酒」というものを聞いたり飲んだりしたことがある方もいると思います。私はこの通称「甕だし」には気を付けて欲しいと思っています。

 

いかにも中国らしい「甕」のビジュアルや、専用の杓子で甕からすくい入れる様子は、なんとなく本場っぽさを演出し、良い紹興酒を飲めそうな期待を持たせますが、実際にはそうとは限りません。

 

紹興酒は基本甕に入れた状態で熟成されます。

 

なぜなら紹興酒(というか醸造酒全般)は空気に弱く、簡単に酸化=劣化をしてしまうからです。

 

開けたての甕だし紹興酒ならなんの問題もありませんが、開けてから2日、3日と日を重ねると、空気に触れた紹興酒はどんどん酸化していき、酸味が強くなってきてしまいます。

 

ほのかな酸味は紹興酒の味わいの特徴のひとつです。しかし、無駄に空気に触れさせて酸化をしてしまった紹興酒がもつ酸味は本来のものではありません。

 

紹興酒の扱いが分かっているお店であれば開封したらすぐに瓶などに移し替えて保存していますが、私の経験上、そうではないお店の方が多い印象です。

 

甕の口の部分が独特な作りの為、密閉できる蓋もなく、ましてやワインストッパーのように空気を抜いて真空状になんてことは論外で、殆どのお店が開けたが最後、使い切るまで常に空気に晒されているような状態で保存(放置)をしています。

 

日本に輸入されている一般的な「甕だし」は5リットルとか9リットルといったサイズなので、お店によっては数週間~ひと月くらい平気で使っているような場合もあり得ます。雑菌などによる腐敗も心配ですし、季節によっては酒ではなくて「酢」になってしまいそうです。

 

以前、とあるカウンター中華のお店で「最後の一杯です~」と供された「甕だし」を、ツウを気取ってしまったおじさんが「紹興酒は澱(おり)が旨いんだ」みたいなことを言って飲んでいる光景を見た時は寒気がしてしまいました…。

 

決して「甕だし」が悪いのではなく、開封後は速やかに飲み切るか、瓶などに小分けにして空気を遮断して保存するかしてほしいという話です。管理の悪さから変に酸味が強くなってしまった紹興酒を飲んで、紹興酒は苦手だと思われてしまうのはとても残念です。

 

余程紹興酒に力を入れているお店でない限り、紹興酒は瓶詰めのものをボトルで注文することをお勧めします。

 

黄酒博物館所蔵のド派手な甕。「甕だし」は大人数のパーティーなどで振舞えば美味しい状態で皆さんに飲んでもらえたのですが、コロナのせいで大人数のパーティーも激減です。

 

()(ér)(hóng)(女児紅)を土に埋めるところ。(黄酒博物館内の展示) 女児紅は女の子が生まれたらその年の紹興酒を甕のまま金木犀の木の下に埋めて、結婚するときに嫁入り道具として嫁ぎ先に贈るという紹興に昔から伝わる風習です。最初の三杯は夫と義理の父親、そして新婦の父親に振舞うと百度では説明されていました。現在「女児紅」という名の紹興酒を作っている会社は「古越龍山」の傘下になっています。

 

 

長寿の酒?

 

紹興酒は美味しいだけではなく、お米で醸した醸造酒なので糖質は高めですが、同時に各種アミノ酸やミネラルも豊富に含まれている栄養満点なお酒でもあります。(お酒の中ではプリン体の含有量が多いので痛風の人は注意が必要です)

 

風邪っぽいかなと思ったら、生姜の細切りを入れて電子レンジで軽く温めた紹興酒を一杯飲んで寝れば、翌日には大抵すっきりしています。

 

最近ではカラメル無添加のものや「甕だし」の上澄み部分だけを瓶詰めしたような、軽くてクリアな味わいの商品も出てきました。

 

今の職場の同僚に紹興出身のスタッフがいますが、90歳を超えた彼のおばあちゃんは、毎朝起きたら朝食の代わりにコップ1杯の紹興酒を飲むのが昔からの習慣だそうです。同じような話を以前別の人からも聞いた記憶があります。地元の人たちには、栄養豊富で滋養に優れたお酒としても親しまれているようです。

 

 

紹興の食

 

次回以降に予定している「江南料理」の記事で触れるつもりでしたが、紹興の料理だけ簡単に先出しです。

 

紹興の料理は杭州、寧波、温州と並び浙江省の四大料理菜系の一つとされていています。当然のことながら紹興酒に合う料理が多く、その特徴は淡水の魚介類や鶏をはじめとした家禽類を多用することや、個人的には非常に苦手ですが「(méi)」と呼ばれる豆や野菜類の発酵食品などにあります。

 

なかでも強烈な匂いを発する紹興の「(chòu)(dòu)() 」(クサクサ発酵豆腐)は江南一帯では非常に有名で、天台の街中にも屋台が出ています。また、写真は控えますが孵化しかけの卵「(máo)(dàn)」も紹興の名物です。

 

 

紹興で紹興酒に次ぐ名物と言えばこの「(yóu)(zhá)(chòu)(dòu)()」でしょう。私は一口も食べれません。おばちゃんが着けている薄いマスクでは私の場合5分以内に気絶します。稀に匂いの優しいものもあります。

 

町中至るところに「臭豆腐」の屋台が出ています。好みで「()(jiāo)(jiàng)」(唐辛子のソース)をつけて食べます。あ~クサい。屋台の半径50m圏内に入ると誰でもこの香り(私には異臭)をキャッチすることでしょう。

 

「臭豆腐」を上回る異臭を発する「(méi)(qiān)(zhāng)」(発酵押し豆腐の薄切り)<手前>と「(méi)(xiàn)(cài)(gěng)」(発酵青菜の茎)<奥>。今のところ人生最大の激クサ体験!トラウマです。

 

(shào)(xīng)()()」(アヒルの香料煮)はこってり甘辛い醤油味で江南らしい味付けです。

 

(gān)(cài)(mèn)(ròu)」(干し菜と豚肉の蒸し煮)は紹興を代表する伝統料理。紹興酒をお供に肉の味が染みた干し菜をちょびちょび食べるんです。

 

(méi)(gān)(cài)」(からし菜の塩漬け干し菜)。「()(gān)(cài)」「(méi)(gān)(cài)」とも。紹興特産のからし菜(主にセリフォン)の干し菜です。「霉千张」「霉苋菜梗」などと共に<紹興六大霉>の一つとされています。豚肉との相性が良く、煮込み物の他には点心の餡などにも。独特のひなびた香りがしますが臭くはありません。

 

(shào)(sān)(xiān) 」魚団子、肉団子、海老や「(dàn)(jiǎo)」(肉餡を薄焼き卵で包んだもの)、豚の皮などを煮込んだスープ。これも紹興の名物です。

 

そして、これらの料理と合わせて楽しまれる紹興酒は、飲むだけではなく、料理酒としても中国料理全般において欠かすことのできない存在です。


料理に旨味やコク、芳醇な香りを与えたり、肉や魚の臭み消し、強火力での炒め物に少量加えれば素材の香りを一気に引き立ててくれるなどの効果があり、江南以外の各地でも料理酒としても用いられているのです。

 

紹興の街中で売っている「黄酒アイス」。興味半分で屋台の「臭豆腐」を食べてしまったら、大至急このアイスで口直しする事をおすすめします!

 

 

おまけ:中国各地の「黄酒」

 

 

()(gōng)(jiā)(jiǔ) 」 紹興酒同様もち米で仕込んだ黄酒に、クコの実やナツメ、伏苓などを漬け込んだ少し甘口の天台地酒。

 

同じく天台の「()(gōng)(lǎo)(jiǔ)」はカラメルが添加されていない「半甜型」。すっきりした味わいで気に入ってます。300mlという飲みきりサイズなのも嬉しいです。

 

 

天台を始め、浙江省や近隣の省でも広く手作りされている「(hóng)()()(jiǔ)」。毎年10月くらいから仕込み始め、冬の間に飲み切ってしまいます。去年、いろいろな人が作ったものを飲ませてもらいましたが、酸味の加減に個性がありました。お米の香りが濃厚です。

 

 

福建省の黄酒「(huì)()(lóng)」と「(qīng)(hóng)

 

江蘇省の黄酒「(héng)(shùn)(lǎo)(jiǔ)

 

紹興酒のこと おわり