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北宋の時代になり、蘇東坡による「東坡肉」も誕生したこの時代、文芸や工芸といった民衆文化も華開きます。

 

食文化に於いても、この時代以降、炒めものには欠かせない「強火力」を可能にするコークスが誕生したりと、近現代に通じる「加熱調理」が急速に発達していきます。

 

まさに「火の料理」と呼ぶに相応しい、中国食文化の幕開けです。ここから南宋、元、明、清の各時代に、現在にまで伝わる沢山の「名菜」も生まれました。

 

今回はそんな「火の料理」を、調理法や料理名などを表す「漢字」や「言語」と一緒に深掘りします。

 

 
中国は言わずもがな、漢字の国ですので、多種にわたる調理法も全て漢字で表されます。

 

そして加熱調理を表す字の多くは、煮、蒸、烹などの四つ点(連火)や、焼、炒、炸などの火偏のつく文字で表されます。

 

特に火偏のつく漢字は、燎、煸、燉、灼、烩、焯、烤、炆、煨・・・など本当にいくつもあり、これらの漢字一文字か、それを補助する漢字を足した二~三文字程度で、簡潔に調理法の特徴や、仕上がりの微妙な質感までも表すことが出来ます。

 
例えば、日本語の「炒める」と同義の中国語は「炒 chǎo」ですが、その料理の仕上がりや味付け、炒め方などの細かな違いによって、(ほんの一例ですが)以下のように書き表します。


・干炒 gānchǎo…水分を持たせない乾いた炒め物。凝縮された旨味や軽い焦げ感、香ばしさをイメージ出来る。


★滑炒 huáchǎo…水分を持たせ、水溶き澱粉でとろみつけした炒め物。滑らかな食感や冷めづらい事などが期待出来る。


★清炒 qīngchǎo…副材料をあまり用いず、塩味であっさりシンプルな仕上がり。その多くは新鮮な野菜や魚介類で作るので、素材本来の持ち味を楽しむことができる。


★辣炒 làchǎo…唐辛子又は唐辛子の加工品などによって辛味を持たせた炒め物。


★爆炒 bàochǎo…極強火力かつ短時間で炒める調理法。油をまとい、熱々で香り高く、素材の持ち味を失わない食感を味わう。豚マメやレバー、心臓などの内臓類や、イカ、貝類など加熱しすぎるとゴムのように食感が悪くなってしまう食材に用いる場合が多い。
 

多くの中国人はこれらの漢字を見ただけで、その料理の味付け、仕上がりの質感、どのように炒めるのか等の情報を瞬時に理解します。

 

例えば「豚肉の薄切り」は中国語では「肉片 ròupiàn」ですが、上記の漢字二文字と合わせ「〇〇肉片」の四文字だけで、料理名となり、その料理のイメージがほぼ想像できてしまうのです。
 

日本語でも塩炒め、辛味炒め、醤油炒めなど、味付けを表す言葉と一緒に表現する場合は、割と簡潔に書くことができますが、炒め方の違いや、出来上がりの質感、ニュアンスまで表現しようとすると、上記の説明のように文章に近い表現となってしまいます。

 

これが「炒」に限らず、煮るにしても揚げるにしても、ほぼ全ての調理法に於いて、同じような法則で言い表すことができるのです。 

 

 

以下、具体的な料理名とともに、中国語のメニュー表記を分解、解読してみます。それぞれの文末には中国語名になるべく則した日本語訳をつけます。

 

■調理法を表す漢字に火偏の漢字を含む

1.芫爆腰花 yánbàoyāohuā…「芫」は「芫荽=香菜 シャンツァイ」のことで、「腰花」は「猪腰=豚マメ(豚の腎臓)」を花切りにしたもの。それらを「爆炒=極強火で瞬間的に炒める」で炒め合わせた料理。 

 

 日本語に訳すと「花切りした豚マメと香菜の瞬間強火炒め」

 

2.清炖蟹粉狮子头 qīngdùnxièfěnshīzitóu…「清炖」とは塩味のスープ(または水)の中で、主となる材料を長い時間煮立たせずに極弱火で煮る、または蒸すこと。スープの中で弱火かつ長時間過熱することで、主材料が柔らかく煮えると同時に、そのエキスや旨味がスープに移る事もねらう。

 

この場合は「蟹粉」(蒸してほぐした上海蟹の身)を混ぜ込んだ「狮子头」(獅子頭。豚肉で作った大きな肉団子)を、スープの中で柔らかくなるまでじっくり火を通したもの。江蘇省揚州の名菜。

 

日本語に訳すと「上海蟹のほぐし身を混ぜ込んだ大きな豚肉団子のとろ火スープ煮」

 

3.干煸牛肉 gānbiānniúròu…「干煸」は炒めの一種でもある「煸炒=下味付けなどをしていない、切っただけの食材をそのまま油いためする」とほぼ同義。切った牛肉を中火で、肉の水分を飛ばすように炒める。乾いた仕上がりで凝縮した旨味、しっかりした食感を味わうことができる。 

 

四川省で多く食べられている料理で、日本の四川料理店では「四川風牛肉のカラカラ炒め」などと表記しているお店が多い。 

 

日本語訳は「水分を飛ばすように炒めた牛肉」??。シンプルな調理法だが、この料理のニュアンスを簡潔かつ正確に訳せる言葉が日本語にはなさそう。

 

4.红烧肉 hóngshāoròu…「红烧」は中国料理の中でももっともよく見る調理法の一つ。多くの場合、主材料となる肉や魚を一度茹でたり、煎り焼いたり、揚げたりした後に、水分(水やスープ)と一緒に、味が染みて、柔らかくなるまで醤油煮こみにしたもの。

 

この場合は「肉」(豚肉)を「红烧」したもの。日本の「豚の角煮」の親戚のような料理。他にも「红烧牛肉」(牛肉の醤油煮込み)、「红烧鱼」(魚の醤油煮込み)、「红烧土豆」(じゃがいもの醤油煮込み)など、そのレパートリーは多い。

 

日本語に訳すと「豚肉の醤油煮込み」

 

「红烧肉」。红烧(醤油煮込み)はもっともポピュラーな調理法の一つ。現代中国語では「烧=焼」は煮ることを表す場合が多い。

 

■調理法を表す漢字に火偏の漢字を含まない

1.凉拌猪耳 liángbànzhūěr…「拌」は食材を和えたり混ぜたりする事。「凉拌」となることで、冷菜(前菜)の和え物であることがわかる。材料が「猪耳」(豚耳)なので、冷菜とはいえ一度煮て火を通した豚耳を、副材料や各種調味料とともに和えたもの。

 

日本語に訳すと「豚耳の冷たい和え物」

 

2.醉鸡 zuìjī…「醉」も料理名になると一つの調理法を意味する。各種食材の「酒漬け」であり、冷菜の一種。似た調理法に「糟」(酒の糟(かす)漬け)もある。蟹やエビなど、生きたまま漬けこみ、そのまま生食する場合と、「醉鸡」のように一度茹でて火を通した食材を、酒を効かせたタレに漬け込む場合とがある。

 

日本では「酔っぱらい鶏」とか「酔っぱらい蟹」などの料理名で呼ばれる事が多く、江南地方で多く見られる調理法。

 

日本語訳はそのまま「酔っぱらい鶏」とするか「鶏の酒漬け」とするか分かれる。

 

3.酱大骨 jiàngdàgǔ…この場合の「酱=醤」とは豆板醤や甜面醤の「醤」(味噌状の調味料)ではなく、華北や東北でよく食べられる醤油煮込みの一種。「滷水」や「老滷」とも呼ばれる、何度も何度も使いまわして複雑な味や香りを持った特別なタレで肉や臓物などを煮しめる料理。

 

この場合は「大骨」(豚のげんこつ=大腿骨)を煮たもので、骨の周りについている肉や軟骨、骨髄を食べるもの。

 

日本語にすると「豚げんこつの醤油煮込み」。

だが、そうなると「酱肉」も「豚肉の醤油煮込み」となり「红烧肉」の日本語訳と同じになってしまう。「酱」と「红烧」は確かに同じ「醤油煮込み」なのだが、その仕上がりの違いを、多くの中国人は瞬時に区別する。

(江南一帯では醤油付けにしてから干した豚肉を「酱肉」という場合も)

 

4.拔丝苹果 básīpíngguǒ…「拔丝」(抜絲)とは糸を引く状態の事であり、調理法の場合は飴かけ(飴炊き)を意味する。砂糖を油か水、もしくはその両方で煮詰めたところに、主材料を入れ、全体に糖液をまとわせた甘い料理。温度が冷めてくるにしたがって飴状に固まってくる。取り分けるときに、材料を箸で持ち上げると、周りにまとった柔らかい飴が糸を引く状態になるのでこの名がついた。

 

日本では「大学芋」がそれに近い。材料が「苹果」(林檎)なので、日本語に直訳すると「糸を引く林檎」となるが、まるで腐った林檎のよう。直訳では飴が糸を引く状態までは表せない。

 

他にも日本語では飴炊き、飴かけと訳さざるを得ない「琥珀」「琉璃」や、それに近い「挂霜」「蜜汁」もある。

 

 

以上の例に記したのは、「調理法+材料名」もしくは「調理法+材料名+材料の切り方」という比較的ポピュラーで、簡単な組み合わせの料理名です。

 

この他にも

 

★「材料名+材料名(+材料の切り方)」例:青豆虾仁、青椒肉丝

 

★「その料理の味付け+材料(+材料の切り方)」 例:黑椒牛肉、酸辣土豆丝

 

★「その料理に所縁のある人名や役職名、通称+材料名(+材料の切り方)」 例:东坡肉、宫保鸡丁

 

★「地名+調理法(または調味法)+材料名」 例:北京烤鸭、西湖醋鱼

 

そして、一見何のことやらわからない、料理とは関係なさそうな美称や故事から命名されたもの 例:翡翠白玉、西施舌、佛跳墙

 

など、これ以外にも様々なパターンがあります。

 

ちょっとマニアックな話ですが、この業界に長くいると、日本人でも中国人でも、中国語でメニュー名を書く際に「センスのある人とない人」がいることに気づきます。

 

料理名に上手なネーミングができる人のメニューブックやレシピ集では、中国語ならではの「字遊び」とか「願掛け」のようなものが行われていたりしていて、見るのがとても楽しいものです。(いずれ一つのテーマとして書いてみます)

 

 

上記のメニュー名の例のように、多くの言葉は、同じ漢字を使う日本語であっても、正確に訳すのは難しいことがわかります。

 

これは料理名に限らず、中国の食に関わる言葉の中にも多数あり(例えば香、鲜、嫩、酥など)、その語彙の多さや表現の細かさに感心するとともに、日本語に訳しきれない歯痒さも感じます。

 

 

東京の中国料理店のコースメニュー。中国語と日本語の対比の参考に。

 

 

北京のレストランのメニュー

 

 

民族性が、その民族が使う言語の特徴にも関係するように、環境や文化というのは、その土地の言葉や語彙の発達と密接に関わっているそうです。

 

身近な例でいうと、多くの人が自分が属するコミュニティの中でのみ、その意味が正確に機能する言葉や言い回し、造語、略語というものがあるのではないでしょうか?

 

詳しいことはわかりませんが、関心の高い事には必然的に多角的な見方、考え方をするはずなので、その状態を表現する言葉や語彙が発達することは容易に想像できます。

 

中国語における食に関わる言葉や語彙の多さは、中華民族がそれだけ食への関心が高かった事を意味しているようです。

 

今回検証した例からもわかる通り、とりわけ加熱調理を表す単語が豊富なことからも、中国料理が加熱調理を主として発達した「火の料理」である事を改めて理解できたと思います。

 

前回と今回の二回でまとめるつもりでしたが、長くなってしまったので次回に続きます…