豊臣秀吉の待ちに待った嫡男、鶴松。

3歳にして夭折。

 

早くも秀吉は鶴松を後継者としようと期待し、淀殿と共に大阪城に迎え入れたのに。

病気になってしまった。

 

生きていたら大物になって歴史を変えたであろうに、

歴史になんの爪痕も残せなかった。

 

僕は、夭折した鶴松によく思いを馳せる。

 

鶴松と、ツタンカーメンの共通点は、「夭折」

 

ツタンカーメンも、王位についたものの18歳で夭折。

そのお墓や、黄金のマスクだけは有名であるものの、

ツタンカーメンも歴史に政治的な爪痕は残していない。

 

彼らが夭折しなければ、どうなっていたのか。

 

 このように、

歴史上にまったく、独自の政治的能力を発揮できなかったが、

「名前だけは有名」は歴史上人物は存在する。

 

もっと長生きして、

歴史になんらかの爪痕を残して欲しかった。

名前だけ残るなんて空しすぎる

逆に名前は残らずとも爪痕を残せた方がいいだろうに。

 

夭折した人は、天から何を思うか。

もし自分が長生きしたら世を変えられたと思うのか。

 

 

追記するが、

豊臣秀吉は有能でまれにみる魅力的な歴史人物であるが、

秀吉の血は根絶やしにされてしまっている。

息子も死んで子孫は一人もいない。

 

ここまで根絶やしにする必要はあるのだろうか。

鶴松も3歳で亡くならなくても、いずれ、

殺されていた身なのだろうか?

彼がいれば歴史は変わっていたのか?

 

信長の方は、子孫とやらが、まだ健在ではないか。

 

秀吉が朝鮮出兵しなければ、秀吉の政治は脈々と続いていたのかも知れない。

欲をかくべきではない。

 

鶴松は、3歳で死んだとしても、生きていて楽しかったのだろうか

父親が秀吉であることを誇りに思えたのか?

 

3歳で死んだら、何も分からないであろう。

 

 

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