50代からの 武道・格闘技 再挑戦日記 -2ページ目

久しぶりン投稿です。

 

この一年間で母の死、父のがんを体験しました。

 

もう少し詳しく言うと母は肝臓がんの再発を数年間繰り返し、最終的に急性心筋梗塞で帰らぬ人となりました。

 

父は数年前に大腸がんの手術をし経過良好でしたが、先日、転移が見つかり、肝臓の半分と堪能を摘出しました。

 

父母ともに生命保険(がん保険)は国内最大手のN生命とがん保険契約数No1のA生命に加入しています(いました)。

 

母の逝去にあたり、N生命に関しては死亡給付金を請求の手続きをしましたが、念のため確認してみると再発を繰り返したがんの中で給付金未請求のものを確認。

 

A生命のがん保険のがん保険にもやはり未請求のものが確認されました。

 

がん保険ではがんでの死亡時の給付金額が100とするとそれ以外での死亡に関しては10程度の給付金しか支払われないのが一般的です。

 

双方に給付金請求を行いましたが...。

 

A生命ではがんでの死亡の可能性がないかのヒアリングをしてくれました。結果的にがん以外の死亡での給付金となりましたが納得感がありました。支払いも請求書発送から1週間程度でスムーズになされました。

 

N生命では請求に関し、A生命の診断書コピーでの対応を依頼しましたが、N生命所定の診断書を提出せよとの一点貼り。

 

ちなみに自分はN生命に20年、A生命のライバル外資系生命保険会社M社に8年間の勤務経験があり、M社では顧客負担を減らすために他社診断書コピーでの給付金支払いも一般的に行っておりました。

 

母のがんは再発ですでにN生命でも給付金支払い実績があり、契約前発症という「がんにかかってから保険に入った」というモラルリスクはクリアされている状態であったので、M生命の感覚ではコピーの診断書での支払いがなされるのが適当とされるものです。

 

やむなく診断書を5400円の手数料を支払い請求となりましたが、今度は、支払いとなった事実を受取人以外の家族に電話で伝えるという個人情報漏えい(金融庁届け出対象事故)。

 

お客様サービス担当部長からすぐに電話があり、これは所管である金融庁報告対象案件なので至急調査して報告するとのことであるもその後4か月たっても何の音さたもなしです。

 

もと古巣ながら、いい加減な会社だと辟易していたところに父のがんの転移発覚です。

 

このとき、A社のがん保険を確認してみるとやはり前回のがんの入院給付金が未請求であることが分かり早速手続きをしました。請求書発送から一週間程度で給付金は支払われました。

 

いよいよ父も手術となり2か月入院生活を余儀なくされました。

 

あらためて両社に給付金請求を行うこととなりましたが、N社には母の時のこともあり、改めて診断書はA社のコピーでよいかを確認。

 

OKということで請求書類が送られてきました。

書類の中には「念のため」と付箋が張られたN社の診断書も入っていました。

 

両社に給付金請求を行いA社は1週間程度で入院給付金が支払われました。

 

N社については2週間以上たっても支払いがなされず、不審に思っていたところ、査定中なのでもう少し待てとのはがきとともに、再取り寄せせよとの診断書が送付されてきました。

ようは格下の保険会社の診断書なんてつけてきても払わねーよということなんでしょうね。

 

生命保険の診断書は1通当たり5千円から7千円程度が相場です。中身なんてほぼ似たり寄ったりですが、複数の保険会社に入っており会社ごとに依頼すればその分請求書代が負担となります。

 

モラルリスクやその会社独自の特約など支払い時要件の機微がある場合は別かつ思いますが、一度給付歴があるがん保険の再発についての入院手術給付金支払いなどは、単純な査定で支払われてしかるべきものです。

 

生命保険会社の「契約者に事故が発生した時に速やかに保険金を支払う」という一番大切な使命に対するスタンスを今回は垣間見ました。

 

私がN生命を辞めた時はおりしも「不払い」が社会的に凶弾され、過去にさかのぼって全契約に対して会社総出で支払い漏れをチェックすることとなり、半年間営業活動に優先して行わなければならないという時期にありました。

 

時代は繰り返されるというかなんというか...。

 

生命保険業界を離れた今でもなんも変わってねーじゃないかと怒りを通り越して悲しみすら覚えます。

 

生命保険会社とのトラブル解消については手っ取り早い手段といて「金融ADR」という制度が存在します。

 

もめてうてだぅだするよりも公的機関に仲裁を依頼するのが手っ取り早いし、所管の金融庁に訴えるのも合理的なのかもしれません。

 

いろいろ重なってしまっているので近々相談しようかなと思います。

 

 

結論

保険には入り口(契約時)と出口(支払時)があるけど、大切なのは出口。

入りやすくてもいざというとき払ってくれない会社じゃ元も子もない。

取扱者との義理人情や保険料の多少の差よりもちゃんと支払うスタンスを持った会社と契約をするのが大切。

問題は、どうやってそういう会社と契約者の側に立ったアフターをしてくれる担当者を選ぶかかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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50代になってもブログのタイトルが40代からの格闘技挑戦日記のままだったので、変更しました。

ブログを開設した40代は総合格闘技道場U-FILE CAMPさんで練習していました。

腰に爆弾を抱えながらの練習でしたが、転職、転居などもあり次第に道場から足が遠のいてしまいました。

その後は転職先と自宅との通勤途上にあったイスラエルの軍式護身術KRAV MAGA さんで護身術を楽しみながら味わっていました。

単発では大気拳の天野先生、倉本塾の倉本師範などのセミナーにたまに顔を出させていただいていました。

いわゆる格闘技オタクの世界にハマった状態でしたが、震災後はパタリと運動というもの自体から足が遠のいてしまっていました。

5年間運動から遠ざかった身体はメタボまっしぐらで、まさに錆びだらけのポンコツ状態です。


10月に転職で32年ぶりにいわきに帰郷。


あらためて武道の世界が恋しくなり、51歳にして初心に帰り白帯から再起動を志すことといたしました。


孔子は「四十にして惑わす、五十にして天命を知る」と説いていますが、自分はまだまだ不惑にも至っていない状況。

地に足をつけて一歩一歩、道を全うしていきたいと思います。


by きわむ

9/10に会社を辞して以降、バタバタの時間を過ごしています。

9/11 日中は一人暮らしを始める長男坊の引越し準備で町田と秦野市を往復

9/12 0:30池袋発で大熊町に向かい日帰りの捜索ボランティア活動
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9/13 夜勤バイト明けの長男坊を連れていわきに移動。

長男坊の希望で勿来の関の湯に立ち寄り
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9/13 夜は地元 八剱神社の例大祭に顔出し
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9/14 父親の病院での検査に立ち会った後、稲の生育具合をチェックしつつ長男坊と軽トラでプチドライブ
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9/15 予定していた一泊旅行キャンセルの穴埋めに父親と長男坊を連れて那須方面へ朝の7時出で日帰りドライブ
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9/16 泉の極楽湯と湯の岳に遊びに行った後、草野のマユールで父母と長男坊とでインドカレーの昼食。
とまとランドいわきでお土産買って帰京。渋滞に巻き込まれて移動時間5時間。
その後、長男坊のアパートまで荷物の搬入。
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9/17 赤坂でミーティングのあとそのまま高速バスに乗りいわきに移動。

9/18 母親の手術に15時まで立会い、その後、父親と諸々な買い物でホームセンターなどを4軒ハシゴ。

9/19 午前中は畑で野良仕事。
ほうれん草、小松菜、ちんげん菜、ニンジン、レタスの種まき。
 
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復興商店街 とよマルシェにある はまや さんで昼食
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その後母親の見舞いをして経過確認。
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最後はいわき駅ビルにあるvegecafeさんで、いわき産梨のスムージーをいただいて現在、高速バスにて帰京中です。

いろいろな事がいっぺんに重なって非常に濃密な10日間でした。

シルバーウィーク中はちょっとだけのんびりできるかな?

by きわむ