yunisoniのブログ

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韓国在住の主婦です。肺がんになりました。
おかげで健康のこと、家族のこと、人生のこと、より深く見つめるチャンスを得ました。すべてきっとうまくいく。

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2018年。

11月22日に入院、23日手術という日取りが決まり、

 

重い複雑な気持ちはありながらも、それでもやらなきゃいけないことはたくさんあって、

 

それをひとつづつこなしていく日々を送った。

 

手術後、もしも、開胸手術になったらしばらく動けないことを踏まえて、身辺の整理。

 

まずは日本に帰省し、運転免許の書き換え。

 

夫が実家で少しのんびりしてきたらいいとの配慮で、おひとり様で5泊6日帰らせてもらった。

(ありがとう~^^)

 

そして、家の整理。

*思い切って断捨離。

*子供の冬服準備。

*入院中、夫や実母に家のことを任すので、物の置き場所のスティッカー貼り。

  (これは、後々も役に立ってやっといてよかったこと)

*幼稚園、学校の担任へ連絡。

  (あまり言いたくなかったけど、でもやっぱり入院中、そしてそのあとのことも考えて、子供たちの学校生活を先生にはサポートしてほしかったので。)

 

整理しながら出産のときを思い出していた。

 

私の場合、3人とも予定帝王切開だったので、前もってその日に合わせて、そういや同じことしてたわ。

 

でも、そのときは赤ちゃんに出会える喜びとともにしてたけど、

 

今回は、手術への不安と喪失感と、ガンを受け入れられない葛藤といろいろグルグル。

 

 

 

 

ちなみに、このころ、寝つきがすごく悪くて、悪夢ばかりみていた。

 

後になって知ったことだけど、実家に帰省した時も、うなされてたよ、と母に言われたり、、、。

 

歯ぎしりして奥歯が欠けてたり。

 

きっと精神的に追い込まれていたんだろう。

 

家族以外、人にも言っていなかったから、自分の心に溜まったものがいっぱいあったのだろう。

 

深まる秋を横目にみながら、なんだかんだで手術の日を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

2018年11月2日(金)

 

内科の紹介で、胸部外科外来受診。

 

手術の是非、治療方針を詳しく聴くためだ。

 

私の通っている病院はソウルでも有名な病院だけあって、ロビーや通路は空港並みに大勢の人が行き交っている。

 

でも、この外来診察室の前室は、うってかわってとても静かな印象だった。

 

予約した人が予約時間に合わせているだけなので、人すくない。

 

手術になるのかな、まだガンだと決まってもないのに切るのは怖いな、、、どんな医者なのかなと不安と緊張の中、夫と一緒に診察室に。

 

先生は思ってたより若かった。

 

簡単に今までの症状の有無、喫煙の有無を聞かれた。特にありませんと。

 

そして、今までの内科での検査結果を見ながら、先生がゆっくり静かに話し始めた。

 

「肺という臓器は木に例えることができる。気管支から続く太い部分が幹、毛細血管が枝。場合によっては、枝の先だけを切り落として悪い部分をとることもできるのだけど、

あなたの左上肺にある塊は、幹の真ん中に位置しているので、この木全部を切らないことには取り切れない。」

 

「でもがんでないかもしれない塊のために左上肺を切るのはとても惜しいこと。

なので、まずはリンパ節の2か所の炎症部分をまず先に胸腔鏡で切り取り、迅速で組織検査をした結果、

 

もしも悪性なら、開胸手術に切り替え左上肺切除を行います。

悪性でなかった、つまり、ガンでなかった場合はそのまま手術は終わり、違う治療方法を検討しましょう。」

 

その、「木全部を切り取らないといけない」というところで、私の頭はさーーーーっと白くなり、

 

同時に、脳内で、その木の幹の真ん中に位置する塊が、ぎゅうっと私の肺にしがみついて、動くものかと丸まっている

(まるで、ロードオブザリングのゴラムのように。。。(苦笑)

 

そんなイメージが一瞬に浮かび上がった。

 

そこからは先生の説明は耳に入らなくて、ぼーっとしていた。

 

左上肺を切除、、、私の左の肺が無くなる、、、、、。無くなっちゃうの。。。。

 

涙が出そうだった。まじで。

 

ここが日本だったら泣いてたかも。

 

でも。ここは韓国で、しかも、今日初めて会う医者の前で泣けない。夫がいたとしても

今この雰囲気では泣けない、と判断し(看護師は診察室の外の前室に待機している)

 

必死に込みあがる涙をこらえてた。

 

そのあとは、ただもうぼっとして外に出て、看護師の事務的な入院手続きの説明とかは夫任せ、

 

力が抜けた体を引きづるように外来を出た。

 

私「ねえ、ちょっと泣きたいんだけど、泣いてもいい?」

 

夫「・・・だめだ、泣くな。車に乗ってから泣け。早く病院から出よう。」

 

おいおい出たよ、韓国人のせっかちが。。。泣かしてくれたっていいじゃん。。。

 

今私、すっごい泣きたいのに。

 

で、駐車場から出る車の中で、しばらく泣いた。。。泣いた。。。

 

悲しいな、悔しいな、、

 

普段、心を表現してこなかったからこの気持ちがどういう感情なのかはっきりわからないけれど、

ただただ泣きたかった。

 

ハンカチでぐすぐす涙をぬぐう助手席の私を横目に見ながら、運転中の夫。

 

なんて言うんかなって思ったら、

 

夫「でも、ガンじゃないかもしれんのだろう?きっと大丈夫だ」

 

って。

 

なんの大丈夫??「ケンチャナ」?勝手なこと言うなって思いつつ。

 

でも、その楽観的な言葉に涙がぴたりと止まり、

 

私「そーだね。ガンじゃない、かも、しれないよね!^^」

 

と、笑顔になった。不思議。無責任な夫の一言で救われた。

 

おもろい人やな。わたしらお互い。

 

その足で夫は私の大好きなパスタの店でごちそうしてくれた。

 

彼なりの気遣いだったのだろう。

 

手術は、3週間後に控えていた。

 

 

 

 

 

 

2018年10月30日(火)

 

そもそも何でガンらしきものが私の肺にできたんだろう?

 

というのを常に考えていたこのころ。

 

予兆かどうかわからないけど、その疑いのまとめ。

 

疑い1、春先ころから左側の力が入らなかったり、軽い神経麻痺っぽい感じも実はあった。

     なんでもないところでこけたり、物を落としたり。。。

     単なるおっちょこちょいだと思うには、首をかしげるようなことがこの年に二回あった。

 

疑い2、 夜、就寝後、眠りについてしばらくしてせき込むことがしばしば。

      時計を見ると眠ってから30分しか経ってなかったり。

 

疑い3、 8月の終わりのある日、疲れがたまった状態の朝方のまどろみの中、頭をぞうきんで絞られるような、特に耳を締め付けられるような感覚が耳鳴りとともに襲ってきて、目が覚めると恐怖で動機がしばらくとまらなかった。

 

 

そもそも、きっかけの健康診断受けたのも、疑い3のことがあって、なぜだか体がメッセージを送ってるなって感じたからのことだった。