しんどくてつらくてかなしくてやりきれない(主人がね)、そんな3ヶ月の台中入院生活でしたが

 

どんなときでも新しい土地開発に対してアグレッシブなわたしは、

そしてだれよりも健脚で歩くことが大好きなわたしは

主人の治療の合間に、鈍った体をリフレッシュさせる意味も含めて

グーグル先生を頼りに毎日いろんなところにフラッと足を伸ばして探索するのがとてもたのしみでした。

 

ド☆田舎なので基本なーんにもないんですが、それでもちらほらとレストランやカフェ、面白そうなお店が。

そして少し足を伸ばしてバスに20分ほど乗れば、中部一の三井アウトレットも!

 

主人も、治療スケジュールや体調の波の合間をぬっては外出届をだして、いっしょに外出を楽しんでくれました。

化学治療が始まって、吐き気がする中でもいっしょにカフェに行くと言い張り、

目の前でケーキやコーヒーを堪能しているわたしを、恨むところか「おいしい?よかったね〜」と優しい目で見守ってくれたり。

(てか、抗がん剤でしんどい人を目の前にしてケーキが楽しめるわたしもなかなかの・・・・

わたしのこの図太い性格、だ・か・ら、何度にもわたる手術や再発もいっしょに乗り越えられたんだよ〜なんていいわけ)

 

でも。あの台中の風景や風の匂いや食べたものの味、いっしょに行ったレストランやカフェを思い出すと、

懐かしさや甘さと共に、いまだに恐怖ににた感情もいっしょに胸に込み上げてきて

胸がキューっとなる。

 

きっとこのトラウマは、主人がわたしの一番大切な人である限り、

一生心の中から消えないんだろうなぁ。

 

わたしの中で一番トラウマとして残っている場面。それは放射線治療中盤に差し掛かってきたあたりで行った

三井アウトレットのフードコートでのできごと。

 

放射線による口内炎や味覚障害がで始めた頃、もうすでに口の中がしみていたくて普通食が食べられなくなってきていた時期。

食いしん坊な主人は大好きな親子丼を見つけて、おいしそう〜食べたい、と。

和食だし、卵はふわっとしてるだろうし、鶏肉は小さく切ればだいじょうぶかな・・・?

と注文してみましたが。

 

いただきまーす!とうれしそうに口に入れたその瞬間・・・口中がしみていたくてたべられない・・・

そう。原因はお醤油です。

いまならわかるこのミステイク。この頃はまだまだどれがしみる食材なのか把握しきれていなく、

いたい・・・たべられない・・・・と断念。

 

そして泣いていました。悔し涙。

 

どんな時でも強くて我慢ばかりしている主人。

どんなに痛くて大変な手術でも、術後の不便も乗り越えてきた主人。

 

くやしい、やりきれない、なんで?なきもちが伝わってきてフードコートでいっしょに泣泣泣。

休日で混み合っていたこともあって、事情を知らない周りの人は

「親子丼はじめてなんか?そんなにおいしかったんか??」と思ってたでしょうねぇ。

 

あのときのかなしそうな、くやしそうな、じぶんに腹が立つみたいな主人の泣き顔は

いまでもときどきフラッシュバックするんです。

 

変われるものならかわってあげたい、でもきっと主人はいろんな意味で「いや・・・いいわ・・・」と言いそう。

わたしなら・・・・きっと・・・・

 

そこらじゅうにあたりちらしているはずだから。主人にもこどもたちにも世間にもそして自分の運命にも

手当たり次第当たってそう・・・

 

当たられてイラつくより、自分がしんどいほうがいいわ、と主人ならいいそう。

なんかいろんな意味でもうしわけない。すいません、こんな嫁で。

ということで、身代わりは無理そうなので、全力で支えてサポートしていつもそばに寄り添うことを誓います。