2024年も終わる頃、未だにコロナコロナと日本だけで取り上げられてる目的は、やはり『ワクチン』が目的なのだろう。

そして、10月から、世界で初のコスタイベという恐怖のワクチンが開始するとのことで、まあそれを打つ人は高齢者と疾患がある人が対象者らしいが、本当に馬鹿げている。

とにかく、曝露したくない。が、今の自分は抵抗力がどうなんだろうか。。。という不安から、健康に関することを色々と調べ始めた。そこで候補に上がったのは

1、水を変える

2.できる範囲で運動する

3、食事を変える


1はすぐに、『シリカ水を作れる』というものを実践して飲み始めた。

カントン水(塩を加える)にし、ミネラルを多く含んだ水を毎日飲んだ。

そうしていくうちに、『四毒抜き』というものを知ったのだ。

いわゆる、

①小麦粉、

②植物油、

③乳製品、

④甘いもの

これを抜くのだ。

すべて体に良くないのは何となく知っていた。

が、これがなかなか意識しないでいると、多く摂取してしまっているのだ。

小麦粉や植物油は何にでも入っている。

その上、振り返ると、、、

わたしはとにかく甘いものが大好きだった。

洋菓子、和菓子、なんでも来いや♪

というほど、甘いものが大好き。

甘いものさえあればご機嫌だったのだ。

ケーキ、アイス、クッキー、そしてパンも大好き。

今考えると恐ろしい。。。


だって、これらは、ほぼ毎日、何かしら食していた💦


そんな時に、『吉野敏明チャンネル』を見つけ毎日、この四毒抜きについて配信してくださっているのです。

そして、その内容が濃い。

これを見て、「今のわたしに必要なのはこれだ!」とビビーンと来たのです笑

そして早速、スタート!

とは言っても、今のわたしは、

娘に毎日おかずを作って持ってきてもらい、最近、米は炊飯器にセットすることができるようになりご飯は炊いてるが、ほぼあとは難しい。。。

それでも!

これならできる。ということだけやることから始めたのです。

味噌汁はお椀にスプーン一杯の味噌を入れて、熱湯を注ぎ味噌汁を作り、そこに豆腐を入れたり、わかめを入れたり。という簡単味噌汁なら作れます♪

そのうち、ぬか床を購入し、ぬか漬けを食べることにしました。つぎは、電気スチーマーで野菜スープや、煮物を作ったりと、包丁が使えないながらも、野菜は手で違ったり笑、冷凍の切ってる野菜も時には使ったり、どうしても難しい時は娘に頼んで買ってきてもらったりして、なんとか一人で出来ることが増えて充実した食生活になりました。

ちなみにご飯は玄米にして、よく噛みよく食べ、お腹いっぱいになる程、食欲も出てきました。

2023年に大病した時の、長期の入院生活の経験は、もう二度と嫌だ。という思いもあるし、子供たちにこれ以上迷惑はかけたくない。という思いもあるし、元気に生きていきたい。というつよい思いがあるからこその選択かもしれない。。。

食べたいものを欲のまま食べ、その時は幸せだけど、そのことにより、病気になってしまうかもしれないものは、まっぴらごめんだ。


今、玄米ご飯と味噌汁とぬか漬けとたまに少しのおかず(魚や肉)で十分満足できる。

天ぷらが大好きで、デザートには甘いケーキやアイス、お菓子。


こーんな食生活をしてる時もあった。

しかも、この身体になり、ストレスばかりだから、美味しいもの食べちゃおう♪って。ケーキも食べたい時に食べ、アイスは冷凍庫に常備。

たまに娘に連れて行ってもらいながらの楽しい外食がストレス発散だったけど、これはほぼなくなった。たまーに、回転寿司ならいいかな?というくらい。

けど、カラオケには行って歌いまくることをするようにした!!笑


健康って本当に素晴らしい。

当たり前のことが当たり前にできる身体に感謝してきてこなかったからこそ、今は、その分も思いっきり感謝しながら生きていきたい。。。


そして、只今56歳のわたしはヘアケアも必須。白髪染めをしたいのだ。

しかし、美容室に行くのも難しい。唯一、自宅兼サロンをやっていた美容室さんがいらしたのでお世話になってたが、移転してしまい通えなくなってしまったのだ。。。

さまどうする。ってなり、そんな時に見つけたのが『セルフヘナ』

ヘナは前から知っていて、美容室でも自分でもやったことがあり、いいものだとは知っていた。が、期待していた様な髪質改善にはならず、、、

けど、探して探してすごく良さそうなものを見つけてこれだー!!

とまたもや直感した♪

けど、この手でできるかなー?

脳出血後遺症で左側麻痺で少しは動くが、左手を頭のほうに上げるのは難しい。。。

とりあえず、やってみよう!と購入してやってみた。すると、、、

なんとか工夫して、右手だけで難なくできた。(適当だけど笑)

いや、ほんと適当だけど、仕上がりは最高だった!

サラサラの艶々♪

え?一回だけで???

もう感動!!!

これをしばらくは週一でやるのを勧められてるから、週一でやろうと思う。わたしは日曜日にやるのだが、日曜日が楽しみで楽しみです仕方ない🥰


これで、今わたしがやることは、体の中と外を整えて、リハビリで歩くのを上手になり、数ヶ月後には周りの人たちに驚かれる様な元気と美しさをアピールするのだ笑笑


張り切って頑張るぞ💪💕

ワクワク❤️❤️❤️



54歳で脳卒中。その1〜 2年前からコロナになり会社に行くことが制限されていた中、自宅でストレス解消とダイエットを兼ね『自重筋トレ』に明け暮れていた。

また、YouTubeでダンスが流行り出し、それを見ながら汗だくになり毎日体を動かしていた私。「この年齢にしてはまだまだイケる♪」と張り切っていた。娘に子供が産まれ孫ができた喜びで楽しんでいた。

その頃から旦那は仕事に行くことが出来なくなり自宅療養していた。

私は旦那の世話をしながらも、自分の人生を楽しむことをするようにしていた。

それが、自宅での「トレーニング」だ。

食事も外出が少なくなってたから、カロリー計算してバランス良い食事をして、体型維持とぽっこりお腹を解消し、なんならコロナ前よりいい状態に仕上げていた。

なので、「何で?」

「何で私が?」という思いがずっと頭を駆け巡っていたのだ。

いわゆる、まだどんな結果になるかわからないと危惧されている注射も入れてない。もちろん、そのウィルスにも感染したことない。このウイルスのカラクリも勘付いていて、絶対に打たないと決めていた。

それなのに、、、

娘には「ストレスだったのでは?ずっとパパの心配してたから、、、」

確かに、そんな中、引越しをしたりとかなりハードな生活をしていた。


けれども、今でも考えると悔しくなる。


体のことを勉強して考えて、人より元気だった私がなぜこんなことになってしまったのだろう。。。って。


脳出血から、もうすぐ 2年。

ひとりの生活にも慣れてきて、以前よりかなり快適に過ごせるようにはなってきた。

が、まだひとりで外に出かけられない。ひとりで遊びに行けない。誰かに助けてもらわないと行動できない自分が辛くてたまらない。

『人様に迷惑をかけてはならない』


日本人は、これを重んじる。漏れなく私もそうだった。

だから、介護ヘルパーさんに手伝ってもらうのも申し訳なく、情けなく、自分が嫌になる一方だったのだ。

しかし、外国はそうじゃないし、人間ってそうじゃないよな???


『人間は生きてると迷惑をかけることもある。自分もそうだ。だから、他人を助けることが当たり前なのだ。』

と考えが変わってくると、辛い気持ちが少し癒えてきた。

私は比較的

『こうでなければならない』

とか、

『こんなことをしてはダメだ。』

『こんな考え方ではダメだ

という考えを持っていたことに気がついた。そう。自分に厳しく、他人にも厳しいのだった。。。

これは、私の友達に言っても、

「いやいや、あなたは優しい人だからそうじゃないよ」と言ってもらえるが、でも、実は、、こんな考えを持っていたのだった。それに気がついたのだ。


そして、食事のことも間違えを知った。

オーガニックや、野菜を食べたり、考えてる『風』だったのだ。


今は、『四毒抜き』を始めている。

これを知り、自分の間違いを知ったし、将来的な安心を手に入れたような気がした。



突然、一人暮らしになった。

悲しむ時間より楽しむ時間を増やそう。

とにかく今はこの身体と共に生きていくのだから、今の私は『リハビリ』をやるしかないのだ。

専門の先生にリハビリしてもらうと同時に、すべての生活がリハビリになる訳だ。

旦那がいなくなり、家の中で頼る人はいない。全部、自分でやらなければならないのだ。

とはいえ、日本という国はありがたく「介護保険」を利用することができ、ケアマネージャーさんと相談しながら、毎日介護ヘルパーさんに午前中に来てもらうことになった。

入浴サービス、掃除、洗濯サービス、あとは訪問リハビリ。忙しい毎日が始まった。

そのうち、自分でできることを、少しずつ増やしていった。

たとえば、お皿洗い、洗濯物を干す、クイックルワイパーをする、など工夫しながらやれることを増やしていくのだ。

できないことはお願いしてやってもらい、できることは自分でする。

そのうち、炊飯やご飯の用意(娘が作ったものを持ってきてくれたものをレンジでチンするだけ)もできるようになり、食事もひとりで食べることに慣れていった。

生活スタイルも退院したばかりの頃と比べると、だいぶ『人間らしく』なってきたのだった♪


月に一度とか、たまには仕事が休みの娘と孫と共に車椅子で出かけて外食したり、カラオケ行ったり買い物に行ったり、『外に出掛ける』こともしていった。

車椅子の私から歩いて出掛けたい。という野望も沸々と沸いてきて、リハビリをさらにがんばる。の繰り返しだ。


旦那がいなくなった悲しみを、自分に集中できる時間を大切に過ごそうと、自分自身の人生を悲しみや辛さのカラーに染まらせないためにも、私は可愛い孫と毎日会えるし、美味しいご飯も食べられるし、好きな時にYouTubeも観れるから楽ちんで幸せだ。という感情を大切に過ごす。だって、旦那とはYouTubeの観たいものや映画などの好みが全く合わず、かなりのストレスから解放されたんだから。と『良いこと』に意識を持っていき、とにかく何もかもを楽しむようにシフトしていったのだ。

たまに、友人も遊びに来てくれ、一緒に美味しいものを食べながらたくさんお喋りしたりするのも楽しかった。


けれども、自分の理想となる身体の回復は時間が掛かって、それがかなりのストレスになっているのも事実で、イライラしたり落ち込んだりすることは、、やっぱり定期的に出てくるのだった。

なんで?!何でこんなことになっちゃったんだろう。。。と振り出しに戻る。

けれど、それを吹っ切るのもそう時間は掛からなくなっていった。