あらすじ 

幼い頃、湖でのボート事故によって父ときょうだいを失った少女アンジェラ。唯一の生存者となった彼女は、その後、風変わりな叔母マーサに引き取られ、従兄リッキーと共に暮らしていた。

それから8年後、アンジェラはリッキーと共に、かつて事故が起きた場所でもあるサマーキャンプ「アラワク」へ向かうことになる。

しかしキャンプでの生活は穏やかなものではなかった。内気で無口なアンジェラは周囲に馴染めず、同年代の子どもたちから執拗ないじめや嫌がらせを受ける。一方でリッキーは彼女を守ろうとし、トラブルは絶えない。

やがて、アンジェラに敵意を向けていた者たちが次々と不可解な死を遂げていく。事故として処理されるものの、その裏には確実に“何か”が潜んでいた。

疑念と恐怖がキャンプ全体に広がる中、やがてすべての出来事はひとつの衝撃的な真実へと収束していく――。

​量産スラッシャーを逸脱した異物 

風変わりでチープ、同時代の作品より暴力描写は控えめで、どこか妙にほほえましさすらある『サマーキャンプ・インフェルノ』は、典型的な80年代スラッシャーとは一線を画している。そもそもそうであるべき理由もある。この作品は、『ハロウィン』から『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』まで続いた流れの終盤に作られており、このサブジャンルはすでに新しいアイデアを求めて拡張を試みていた時期だった。

本作は、『13日の金曜日』でやりそうで実はうまく活かされなかった要素"サマーキャンプにおける思春期初期のフラストレーション"を殺人の背景として取り入れている。そこに強烈なラストを加えれば、小粒ながらもカルト的評価を受けるのも納得の一本になる。

本作はロバート・ヒルツィックが脚本・監督を務めており、彼のフィルモグラフィーはこの作品と、2003年に製作されながら実際の公開は2008年になった続編『Return to Sleepaway Camp』の2本のみ。

製作費35万ドルという低予算ながら、特殊効果の出来は見事だと言わざるを得ない。料理人アーティ(オーウェン・ヒューズ)が熱湯を浴びせられるシーン、ケニー(ジョン・E・ダン)の死体の口から水蛇が這い出てくるショット、ビリー(ロリス・サラハイン)が蜂に刺されて死亡し、頭部を蜂の群れに覆われるシーン、直接的な描写はされないがジュディ(カレン・フィールズ)のアソコにヘアアイロンをぶち込んだと思わせるシーン、10未満の子供が寝てる間にズタズタに惨殺された事後のシーンなど、どれも非常に出来が良く、今観ても十分通用する。

キャラクターの描写にも妙なリアリティがあり、子どもたちは実にそれらしく描かれている。それがこの脚本最大の長所だ。彼らは年相応にかなり騒がしく、総じて好感の持てない人物が多いが、アンジェラ(フェリッサ・ローズ)だけは例外で、いじめの標的となる彼女には同情を覚える。内気で不器用な性格は、多くの人がある程度共感できる部分だろう。従兄のリッキー(ジョナサン・ティアーステン)は口が悪く、時に鬱陶しくもあるが、常にアンジェラを守ろうとする姿勢には好感が持てる。

さらにキャンプのオーナー、メル・コスティック(マイク・ケリン。映画公開の3か月前に亡くなっている)が、『ジョーズ』の市長のように振る舞い、連続する死を事故として片付けようとする展開も印象的だ。やがて彼は犯人をアンジェラ(フェリッサ・ローズ)の従兄リッキー(ジョナサン・ティアーステン)だと疑い、殺そうとするが失敗し、最終的には真犯人に殺される。

この作品が1983年としては特異なのは主に2点ある。まず、同性愛のカップルが登場し、彼らにアンジェラとピーターという子どもがいる設定だ。物語冒頭でピーターと父ジョン・ベイカーはボート事故で死亡したとされるが、実際にはピーターは生きており、アンジェラが亡くなっていた。そしてもう一つの特徴が、狂気じみた叔母のマーサ(デジレ・グールド)が「男の子はいらない」と考え、ピーターをアンジェラとして育てたという点だ。つまり殺人鬼はアンジェラ=ピーターであり、それまで無口でシャワーも拒んでいた彼女(彼)が、自分に害をなした者たちを次々と殺していたことになる。

この設定があるからこそ、いくつかの描写が巧妙に機能する。例えばアーティが殺される場面では、はしごから突き落とす手が明らかに少年のものに見えるが、アンジェラの正体を考えれば納得がいく。そしてラストでは、血まみれで全裸のアンジェラが男性器を露わにする衝撃的なカットが提示される。

ただし、その直後に映画が終わってしまう。彼は逮捕されるのか、それとも逃げるのか、また誰かを殺すのか、その後どうなるのかが一切描かれない。ただ、続きが気になるという意味では悪くない終わり方とも言える。

『サマーキャンプ・インフェルノ』は、間違いなくこれまでに公開されたスラッシャー映画の中でも最も珍品の部類に入る一本だ。その異様さと、顎が外れるほどのラストシーンが特徴であり、フェリッサ・ローズ、ジョナサン・ティアーステン、そしてデジレ・グールドの強烈すぎる怪演が作品を引き上げている。80年代スラッシャーの中で最も異端で、十分に楽しめる一本であり、その奇妙さと衝撃的な結末が最後まで観る価値を保たせている。