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愚痴

人を傷つけたことが無意識のうちであったとしても、自分がつけた傷なんだから忘れてはいけない。

忘れずにその傷を癒してあげようと思える人間になってくれ。

傷つけられ、
傷つけたことを忘れられ、そしてまた傷つけられる。
イジメにあったことがなくて、テレビや小説でしか感じたことがなかった。

イジメられる悲しさや辛さを、好きな人から叩き込まれてしまったよ。

私が痛いと言ってもあなたには通じない
必死に叫んでもあなたの記憶には残らない


どう

自分に同情するのは下劣な人間のすることだ

しんちゃんパパ

結婚はすばらしいことだが、結婚生活という習慣をつけたことは誤りだと思う。

これはサマセット・モームの言葉。


夢は逃げない、逃げるのはいつも自分だ。

これは高橋歩の言葉。


妻を選ぶのはネクタイを買うのとよく似ている。選んだ時は素敵に見えるが、家に帰って首に締めてみるとがっかりする。

これはアダムズの言葉。


男にとっては今日一日だけの浮気心にすぎないものに、 女はその一生を賭ける。

これはモーリアックの言葉。


女に懲りるのは一度でたくさん。だれもがそう思いながら二度三度と繰り返す。

これは田中澄江の言葉。


鈴鹿の130Rで神を見た。

これはアイルトンセナの言葉。


地獄への道はいつも善意で満ちている

これは西欧のことわざ。


弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だ。

これはガンジーの言葉。


一日だけ幸せでいたいならば、床屋にいけ。

一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。

一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。

一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。

一生幸せでいたいなら、正直でいることだ。

これは西欧のことわざ。


平和にも勝利がある。戦いの勝利に劣らぬ名だたる勝利が。

これはミルトンの言葉。


運命みたいなものをさ。

「これでいいのだ」って思うか?

それとも「これでいいのか?」って疑うか?

これは大槻ケンジの言葉。


あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。

これはカーネギーの言葉。


いつか無くなるものを求めちゃだめなんだ。

無くなるものは、求めるためではなく、そいつで遊ぶために、この世にあるんだから。

これはセフティ・マッチの言葉。


見えないところで友人の事を良く言ってる人こそ信頼できる。

これはフラーの言葉。


学校での成績がよいからといって、社会で認められるとは限らない。

これはイソップの言葉。


夢は、できる限り最大に実現するために、その陰で努力を続けている限り誰も傷つけることはない。

これはフランク・W・ウールワースの言葉。

こころ

ほんとうにしあわせな人はしあわせそうな人を見ると暖かい声をだす。

私がもし、皆が考えているような人間なら、こんなに苦しむことなんてありゃしない。

よみたいのん

夏への扉

星を継ぐもの

車輪の下

罪罰

ノルウェーの森

若きウェルテルの悩み

壬生義士伝

新・坊っちゃん ビートたけし


12番目の天使

ジョン・レノン対火星人

夜は短し、歩けよ乙女

あなたはやさしいじゃない

とある友達の話。

その友達はときどき、「誰にでも、自分のことを肯定し続けてくれる人がいたらいいんだろうにね」と言う。

そしたら、みんな、少しは違ってくる部分があるかもしれないよな、と。

そういう存在って、友達だったり、家族だったり、恋人だったりするんだと思うけど。


友達は昔からそういうことを考えていたわけではなくて、

なんでそんなことを思うようになったかというと、

「自分のことを肯定し続けてくれる人」がいた時期があったからだという。


その人は、

友達が何かに失敗しても、その努力を肯定し、

人とぶつかっても、良い状況に持っていこうとしていたことを肯定し、

挑戦を始めたときは、その初めの一歩を肯定し、

逆に自分の意見が他の人に受け入れられすぎて、「ホントにこれでいいんだろうか」と不安になっているときでも、

「みんなが納得する、いいことをしていると思う」と、丁寧に肯定するんだという。


「どう、ひいき目に見ても自分が間違っているときもあったと思うんだよなぁ」

と苦笑いして友達は言う。

それでも、その人がいてくれたおかげで、たくさんのことに自信が持てたし、

猛烈に味方されるせいで、かえって、冷静に自分の間違いを受け止められたという。



物事に100%の正解なんてない。

ある方向から見れば、100点満点の「正解」は存在するかもしれない。

けれど、行いや出来事をぐるっと360度、いろんな角度から見たときに、

「こっちから見ると良かったように感じるけど、こっちから見ると悪い判断だったように思う」みたいな、

複雑なパターンばっかりなんじゃないかと思う。


「多くの人には喜ばれたけど、一部の人からは反感を買った」とか、

「たくさんの人には恨まれたけど、ある1人はものすごく救われた」とか、

「今は良くなったけど、1か月後に大きな問題を呼んだ」とか、

「人前で恥をかいてしまって、ものすごく後悔したけど、そのおかげでうち解けられた」とか、

物事は切り口一つでどうにでもなってしまう。

結局、どんな状況、どんな将来、どんな人にも最善な100%の正解、というのはない。



「でも、それって裏を返せば、どんな状況でも必ず『良い部分』はあるってことじゃん?

 今なら、その人はそれを見つけて、ずっと肯定してくれてたってことがわかるんだよ。

 『そうかもしれないけど、でも、この部分は良かった』と、

 よく言われた気がする」


間違いは直すし、悪いところは改める。

だけど、追い込まれて精神的に辛いときよりも、

まず「自分は大丈夫なんだ」という拠り所があった方が、きっと素直に反省できるようになるんじゃないだろうか。



友達はあるとき、その人から「だけど、あなたは優しいじゃないか」と言われたという。

何もやってもうまくいかなくて、無力感ばかりがつきまとい、自分は何もできないダメな人間だと落ち込んでたときだった。

そのときその人は、友達が普段気をつけていることや、他の人にしたことを、

「あのときはああしてた、このときはこんなことしてた」と、ひとつひとつ、いくつもあげて、

「できないこともあるけれど、あなたは十分ちゃんとやってると思う。少なくとも周りの人には優しくしている」とムキになって言ってきたという。


「そのときは、さすがにどうかと思ったけどなぁ。

 理論は破綻しているし、周りの人に優しくするのは当たり前だし、

 だいたい、『あなたは優しい』って言われても、そもそも優しくない人なんていないじゃん?」と友達は言う。


そして、ちょっと考えてから、

「まあ、よく見てるなぁーとは思ったけど」と、懐かしそうに笑ってた。



その人は、すでに友達の側を離れ、遠いところに行ってしまったという。

いなくなったとき、友達はすごく寂しがったけど、

それでも、「肯定され続けた」という経験は、すごいいい体験として友達の中に残ってる。

その思い出があるだけで、この先何があってもやっていけるんじゃないかって気になるらしい。


もらったものは返さないと、ということで、

友達は、今度は自分が周りの人を肯定し続ける人になろうとしている。

「やってみてわかったよ。これは、難しいなんてもんじゃないわ」と、よくぼやいている。



5月の終わりに、そんな友達の話。

本村さん

死刑は廃止してはならない。

死刑の意味は、殺人の罪を犯した人間が、罪と向き合い、犯行を悔い、

心から反省をして、許されれば残りの人生を贖罪と社会貢献 に捧げようと決心して、

そこまで純粋で真面目な人間に生まれ変わったのに、

その生まれ変わった人間の命を社会が残酷に奪い取る、

その非業さと残酷さを思い 知ることで、等価だという真実の裏返しで、

初めて奪われた人の命の重さと尊さを知る、

人の命の尊厳を社会が知る、そこに死刑の意義がある

営業メモ



* 1 .熱意をもって、営業マンと交渉すべからず。

1)営業マンは売り込むことで、給料を得ていることを忘れるな。

2)給料を稼ぐために働かせ、奴らに努力させろ。

3)交渉の始めでも、熱意や優柔不断な態度を隠し、常に疑う態度を示せ。

* 2 .最初の申し出には、常に否定的に反応しろ。

1)この策略は、価格交渉では恐ろしく効果的である。

2)その申し出が、「正直な」「魅力的」「他社より安い」などとは認めるな。

3)強引な売り込みに従うと、もう価格交渉に合意した様になってしまう。

4)価格について、常に「声をあげ笑い」「冗談だろう」等と言い、競合他社は対応してくれると、圧力をかけろ。

* 3 . 常に、不可能を要求しろ。

1)最初の提案については、予想以上のものを求めろ。

2)その要求が過度であっても、競合他社は要求に合わせるものである。

3)好意を抱かせ、首尾よく交渉できた印象を持たせ、交渉の余地を広く持ち続けろ。

* 4 .最初の申し出を受け入れるな。

1)どんなに素晴らしくとも、最初の申し出に飛びつくな。意外と難しいものである。

2)最初の申し出を受諾してしまうことは、両者に不快感をもたせるものである。

3)本当はもっと要求できたのにと後悔することになる。

4)バイヤーは、早く合意してしまうと、安価な申し出をさせられなかったと後悔し、何か欠落があるのでは、と疑い始めてしまう。

* 5 . 「もっとうまく出来る」と命じる。

1)この言葉「もっとうまく出来る」は、交渉の行方を変えることが出来る。

2)この技術は専門家には熟知されており、価格交渉を行う際に利用できる。

3)ニクソン政府時代、キャシンジャー国務長官は、この技術を活用しべトナムに関するレポート内容を飛躍的にレべルアップさせた (部下から送られてきたレポートを「もっとうまく出来るはずだ」と突き返し、5 回の書き直しの後に初めて読み始めたという逸話を紹介している)

* 6 .常に、誰かの部下となれ

1)国際企業の代表取締役であっても、経験豊富な交渉者は決定権が無い態度をとる。

2)一方、若い者は新たな責務に喜んでしまい、全権があるように振舞う過ちを犯す。こうした態度は、重大なる不利益を被る。

3)決定者として相手(敵)の申し出に口頭でも同意したなら、逃げ道が無くなる。

4)交渉終了後、最終結論を出す前に、上司の指示を仰がなければならない言うべきだ。

5)上司が合意しなかったという口実で、自分の結論を考え直すことができる。

* 7 . 賢明で愚かに振舞え。

1)これは欲するものを手に入れるのに良い戦術である。

2)より愚かに演ずるほど、うまくできたようになるものである。

3)理解できないので、説明するように要求すれば、相手は哀れみをかけ、何らかの譲歩をしてくれるだろう。

4)また愚かに振舞えば、対立した言葉(台詞・交渉)に、逆らう(抵抗)ことができる。

5)優秀なセールスマンの熱意に水を差し、利益(メリット)をつかむことほど良い方法はない。

* 8 . 見返りの無い譲歩はするな。

1)善意の行為を要求された時は、常に何らかの見返りを要求しろ。

2)この姿勢(方法)により、労せずして譲歩を勝ち取れる。

3)これは、自分が譲歩した場合には、良いこと(価値)がある。

4)自動的に見返りを要求するようにしておくと、他の要求でも、常に攻め続けられると相手に強く印象付けることが出来る。

* 9 . 常に商談を中断できる準備をしておけ。

1)もし契約の署名に不満であれば、いつでも交渉の席を離れられることを忘れるな。

2)目的は、取引停止になるかもしれないという危機感を持たせ、圧力をかけるためである。

3)交渉を率先して中止でき、相手に取引失敗の責任を負わせることは、楽しいことである。

* 10 . 「良い/意地悪な」役を演じろ。

1)これは、警察でよく使われる技術として知られており、効果的な交渉ができる。

2)役柄を使い分け、執着しなければならない。

3)「悪い奴」は存在しないし、この役を演じさせられていることに気付いていないものである。

4)若いバイヤーは、相手の問題を理解する「いい奴」になるも、優れた戦術は全く持ち得ない。

5)頑固で意地悪な鬼部長がいて、誰にも耳を傾けないので困っていると言う。これは2つの事を成しうる。1つは、交渉者との間に共謀と同情の感覚を引き起こす。2つ目は、おいしい譲歩につながる可能性が高まる。もし相手が、この戦術を使ってきたら、「意地悪な奴」と直接交渉することである。

* 11 . 嘘の口実を使え。

1)例がある。機械を売り込もうとし、最後の価格を提出しようとした際、「申し出はひとつの事を除いては大変興味深い。納入日程が8月1日であるが、当社は6月1日に必要であった」と言う。社に戻り、この納入期限が不可能であることを知ると意気消沈する。翌日電話でその代償として2%の特別値引を申し出る。

2)これは嘘の口実の犠牲者である。実は、納入期限は重要ではなく、相手の目的は、価格を下げさせることであった。危うくなって、交渉で真の利益を見失うな。間違った論理に心を乱されるな。これは、試してみることの出来る戦術である。

* 12 . パレートの原理を適用せよ。

1)どんな交渉でも、譲歩の80%は最終段階で行われる(全交渉時間の最後の20%)。即ち最初に提示された要求は、受け入れられる可能性は少ない。一方、議論の最後に譲歩を要求すると、利益となる。

2)商談が終わりに近づいていることを注意深く見守り、その時に合意内容を危険にさらし得る問題を表面化させること。商談の最後が相手の譲歩を引き出す絶好のチャンスである。

* 13 .自己を窮地に追い込むな。

1)交渉は、重要であろうと無かろうと、1点に集中しがちである。このような場合、全て失敗する危険をはらみながら、両者はエネルギーや論議を1点に集中する傾向がある。こういう状況の場合、障害を回避し、論点を他に移すことを申し出ること。

2)例えば、「今はそれに関しては、そのままにしておいて、先にこちらの間題を決めよう」と言うことが出来る。これは、議論が厳しくなってきた際に、他の質問に議論をかわす技術となる。これらの戦術は、議論が開始される際になかった力を与えてくれる。

後悔している昔の彼女の話

前にラジオで聴いた、某有名アーティストの

「今でも後悔している昔の彼女の話」を思い出したので。

 若いころ、僕は地元でライブとかやってて、自分で言うのもなんですけど、まあ、けっこう人気あったんですよね。小さなライブハウスだったけど、立見のお客さんがいたりして。


 当時付き合ってた女の子、彼女はそんなに派手な感じじゃないんだけど、とにかくしっかり者で、地元にも友達が多くって。それで、あの頃、彼女は僕のライブのチケットをたくさん友達に売ってくれてたんですよね。 僕もそういうのにすっかり慣れちゃってて、それは自分の人気のおかげなんだと思ってた。


 ある時、地元の友達に言われたんですよ。

「お前の彼女、なんかお金に困ってるみたいだぞ」って。

 ブランド物を買い漁ったりする子じゃなかったし、金遣いが荒いなんてイメージは全くなかったから、その日、彼女を問い詰めたんですよ、お金のこと。変なギャンブルとか宗教とかにハマってて、借金とかあったら困るよなあ、と思って。

 でも、彼女、なんでそんなにお金に困っているのか、全然教えてくれなかったんですよ。

 そうするとこっちもイライラしてきて、もう、問い詰めて問い詰めて、ようやく話させたんですけど……

 ……彼女、僕のライブのチケット、みんなに「売ってた」んじゃなくて、そのチケット代、ほとんど全部自分でかぶってたんですよね。それなのに僕に「売り切れちゃったから、追加ちょうだい」なんて言ってて……

 彼女は泣きながらその話をしたあと、ただ、「ごめんなさい」って繰り返すばかりで。 後で友達に聞いたら、友達に「売る」ことができなかったから、タダで配って「でも絶対来てね」って頼んでた。

 今から考えたら、そんなの当たり前ですよね、そんな20歳そこそこの女の子の交友関係で、「売ることができる人」なんて多寡がしれてるよね。

 でも、あの頃の僕は、そういう彼女の行動にひたすら腹が立って……

 さんざん酷いことを言って、別れて、それっきり。

 それでも、彼女は一言も僕を責めずに、人づてに、ただ、「ごめんなさい」って。

 いまさら謝って済むような話じゃないし、彼女も謝ってなんてほしくないと思う。

 たぶん、あのときの僕は、ああすることしかできないガキだったのだろうし、そういうプライドみたいなもので自分を支えておかないと、いろんなことを諦めてしまいそうだったし……

 今でも、そのときのことが突然頭に浮かんでくるんですよ。

 あのとき、ひたすら「ごめんなさい」って謝り続けてた彼女の顔とか。

 たぶん、ずっと忘れられないと思う。

 ほんと、全然「いい話」じゃなくて、「情けない話」でリスナーのみんな、ごめんね。

 「酷い男」と「男のプライドを理解できない女」の話、なのかもしれないけれど、僕はこの話、とても強く印象に残っている。恋愛って、善意って、こんなにも残酷にすれ違ってしまうこともあるのだな、って。

 この有名アーティストがまだ独身なのは、このときのことが、まだ「引っかかって」いるのかもしれません。

雑談

君が雑談ならば私とも明るくおしゃべりできるのに、研究の話となった瞬間に凍り付いてしまうのは、雑談は自分の感情をベースに話せるので自信を持てる(自分の感情だもの、正しいも正しくないもない)のに対して、研究の話は自信がないからだよ。どうして、自信がなかったのかといえば、たぶん、間違うことに対して恐怖をいだいているからだと思うよ。何で間違うことに対して恐怖を抱いているのかという と、まだ君には精神的な背骨が育っていないからだと思う。君は、自分の価値判断の基準を外部に委ねており、自分の内部にそれがない。君が自分の価値判断の 基準だと思っているのは、外部に依存した「優等生な自分」「良くできる自分」という役に立たない基準なんだ。

もちろん、「良く出 来る自分」というものをきっちりと咀嚼し、自分の精神的な背骨にしている人は大勢いる。でも、君のは、「他人が君をどう思うか」という基準なんだ。精神的 な背骨として使えるのは「自分が自分をどう思うか」というものなんだ。ざっくり言えば、他人が君のことをかっこ悪いと思っていても自分が自分のことをかっ こよいと思っていれば動じないというもの。何をもってかっこよいとするかは、親の見方、彼女の見方、友達の見方、小説内の見方の中での見方など何に由来していてもかまわないのだけど、自分が咀嚼しているのが重要。自分が咀嚼しているならば、周りの環境が急に変わっても、自分の背骨は急には不安定にならない。

私の判断基準の基礎は両親が作った。その基準をベースに、読んだ本、小学校・中学校・高校の素敵なあるいは面白い、個性的な先生達、テレビ、体験したいろいろなことをミックスして私の背骨はできている。大学での私の指導教員の発言や考え、教えも今や立派なに私の背骨の一部だ。いまでは、自分が 研究を進めるとき指導教員の声が聞こえてくるくらいだ。「それは何の意味があるの?」「それの定義は何?」とか。私の美醜の基準は、明らかにいままで読ん だ小説や漫画に由来しているよ。

精神的な背骨がある人は、自分が間違えることをだいたい許容できる。自分の判断基準からしてどう でも良いことならば、間違えたって直してより良いものにしていけば良いだけだから。自分の判断基準からして重要な間違いならば凹むかもしれないけどね。で も、一度背骨を作り上げている人ならば、背骨自体を強化したり、変更したりできるので案外タフだ。

一方、精神的な背骨が無い人 は、いかなる間違いも許容できない。なぜならば、判断基準は外にあるためどの間違いが自分に致命的でどの間違いが自分に致命的でないかが判断できないか ら。だって、判断するのは他人。完璧に振舞いたいのだけど、どう振舞えば完璧かわからなくなり、自信が無くなり、自分が嫌いになる。まるで、プライドを殻 にしたみたいになるんだ。判断基準は外にあるので、自分が取れる選択肢は「他人に嫌われないようにする」「他人にかっこ悪いと思われないようにする」「他人にできない奴とみられないようにする」というものしかない。強化も変更もできないんだ。

価 値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない。その表現の仕方が研究だろうと、スピーチだろうと、絵画だろうと、価値の判断基準は常に自分の内部 にあり、その基準に基づいて自分の考えや思いを外に問うのが表現だ。価値の判断基準が外にある人間は、自分の内部にあるものが外に問うだけのものに達しているかを常に悩んでしまい表現を外に出せない。外に出せない限り、いかなる人間も表現者とはなりえないんだ。

表 現者は、外の世界に自分の考えや思いを問うのがその存在意義だ。外に問うということは反論を食らうということなので、皮膚は破れ、肉は断たれる。でも、骨 は守る。傷を癒し、身のこなしを鍛え、骨を強化し、場合によっては骨を入れ替え、再び世の中に自分の考えや思いを問う。考えや思いを外に問わなければ何も 始まらないから、ただ、そうする。

だから、君がもし表現者になりたいのだとしたら、精神的な背骨を手に入れる必要がある。それは どんなものでも良い。私が君をどう思うかではなく、君が君をどう思うかそれが重要だ。君は私じゃないし、私は君じゃない。究極的には、私が君をどう思おう が君はそれに左右される筋合いはない。