なぜか色々な事が重なりブログで息抜きどころではなかったです。
印刷関係のデザインや設備投資。建設の方は年度末のなんだかんだでバタバタと。
飼い犬が亡くなって仕事どころじゃなくなったりと。
それでもしたい事が毎日増える。
そろそろ無駄なものを見つけていって、ゴミ箱に入れないと今の現状では満足のいくものが
作れないであろうと思う。 一つの分野疎かにしない事はもちろん、その分野をまだまだ伸ばしていく。でも現実はなかなか難しいものである。時代が日々移り変わり、人の嗜好品もどんどん変化していっている。物を作る側、売る側もどんどん変わっていき新しい事をやっていかないといけない。
今までの様に自分ができる事を何か一つ見つけ出し、あとは一生懸命やっていけばなんとかなる。
そんな時代はもう終わりに向かっていっていると思う。
けれども僕はそんな見えない明日が楽しみで仕方がない。
自分の人生、自分自信は必ず一つ。それだけは一生懸命に見つめていこう。
先日は寿司店の店長と品川で久しぶりの会食。
昔からの友人で今は切磋琢磨しあえる数少ない友人である。
彼は例に見ないスピードで世間で言う出世街道一直線の人間である。
僕と違い学歴もあり、何より数字にめっぽう強い。
このままミスをせずに進む事ができればある程度の地位や生活を築けるであろう。
しかし、やはり彼も僕と似たり寄ったりの性格だと思う。
世間体を気にして決められたレールを沿っては到底走れないタイプだ。
そんな事より波風に煽られ、方位さえ分からなくなりそうな僕のボロ船に乗船してくれる。
側から見れば中卒の人間が舵取りをする船に乗り誰が手放しで喜ぶであろう。
でも何故か分からないが僕に根拠の無い自信がある。根拠の無い自信など当てにならない。
確かに普通の生活を望む人には到底納得のいく説明などできはしない。
それでも彼も含めて東大を卒業したのに僕を支えようと頑張ってくれる人もいる。
その人達が僕という人間に着いて行っても大丈夫だと思うその自信こそが
僕という人間を成長させ、新たな根拠の無い自信を与えてくれる。
自信が自信を呼ぶ『富』のスパイラルだと思っている。
根拠を必要としない集団が真の仲間である。
少し前に別の会社に勤めている後輩と一緒に書店に足を運んだ事がある。
僕が本を探していると後ろから後輩が「この本のタイトルが今の僕に合うと思うのですが
どう思いますか?」って聞かれて、「うん、まぁいんじゃない?」
って軽い感じで購入を促した事があって、そういやどんな内容だったんだろう?
と思って本人の感想を聞く前にその本を借りて読んで見た。
著者やタイトルは今回は伏せておきたいと思う。
大雑把にいうと特定の人に向けた哲学書的なものであろうか。
タイトルと内容の相違感が否めない。
また内容が矛盾とまでは言えないものの、はっきりとした違和感を覚えた。
まずこれは哲学書ではなく、持論を踏まえた思想書である。
自分とは何か?それは名前なのか?自分とは一体なになのか?
死とは何か?死とは肉体が動かないを指す。では死と何なのか?
という具合である。
実にくだらない話だと正直思った。
台風は何なのか?鬱とは何なのか?心とは何なのか?
それらを求める事が重要な哲学なのだろうか?
指をさせと言われて「見えない物」を基盤に人生を進める意味がどこにあるのであろうか?
そんな事まで理解しなくても人間は自分にあったと思う道を行ける。
それがメリットやデメリットの尺度ではなく、自分が決定したという「自分」の真理は確かに存在する。 この本を出版するにあたり出版会社は何も感じなかったのか疑問である。
世の中は誤認識や誤情報がチリのように蔓延している。
強いて良いところを挙げると、自分は最高の意思決定機関であるという信念と世の中の当たり前を信じてはいけないという自分の信念に免疫力を持たすには良い一冊であるぐらいであろうか。
このままを後輩に伝えたのは言うまでもない。
今様々なSNSが普及し、伝えたい事も知りたい情報もなんなく手に入る時代となったと思います。
勿論、私も一般のユーザに比べると使用頻度は少ないながらも活用しています。
しかし、立場上書きたい事も制限され本心がなかなか伝えられないのですが。
他の方も色々な制限をされている為に正確な情報交換ができていないのは否めない事です。
そこでアメブロさんで好きな事を自由に書いていこうという事です。笑
これから不定期ながら継続していこうと思いますので宜しくお願い致します!