天才とは1%の努力と99%のピーポである。

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猫というこの世の不合理を許さない。

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この度は我がブログにお越しくださり誠にありがとうございます。

 

最近いろんなものが自分の中にせり上がってきて今にも路上で叫びそうな勢いなんですが、そのようなことをするとただの変人ですのでここに書くことにします。

 

 

議題

①勉強について

②強制性交事件無罪判決(名古屋地裁岡崎支部)

 

 

 

①勉強について

 現在自分は大学にいて、法律を勉強しています。もっとも、法学部ではないのですぐ「なんで法律なの」という質問が飛んでくるとは思いますが、表向きには手っ取り早く「公務員になるため」と言ってはいます。本心では弁護士になるつもりです。

 なんで弁護士なのかについては、父親の影響だと思います。もっとも父親は弁護士ではありませんが、法学部出身ということで、銀行でそれなりに法務に携わったようで、その話題を振ると若干相手にしてくれます。その話題の中で弁護士の知り合いや職業について少し真面目に話すのでこちらも少し真面目に聞き、少し真面目に弁護士を目指したくなったというものです。

 ではなぜ公務員なのか、ということについては、単純に司法試験合格までに金と時間がかかるからひとまず職についておこうということです。大学に8年いたわけですから流石にもう無職は無理ですよね。そうすると効率よく金と時間が生み出せると言えば公務員が妥当であるという考えです。

 もちろんその時間も無駄にはしたくないので、法律関係、特に裁判所書記官、検察事務官、国家総合あたりで経験を積むつもりです。

 

 

②強制性交事件無罪判決(名古屋地裁岡崎支部)

 最近話題の事件で、父親が実の娘に対する強制性交罪(刑177)で起訴され、刑法177条にいう暴行・脅迫要件を欠くため無罪となったものです。事例(あくまでネット報道の記事)を見ると、同意はしている訳ではないけど拒否の意思表示をしているわけではないので外面上同意が認められ保護法益が消滅したから無罪としているようです。

 これについては議論が湧いており、あまりに被害者にとって不合理な結論ということで、東京では裁判官の罷免を叫ぶデモまで行われているようです。

 法クラ(Twitter上などで法律の議論をするコミュニティー、弁護士多数)では、判決を肯定する意見が多く、逆に反対意見に対しては、それでは中世以前の冤罪まみれの司法制度に戻っても良いのか、刑罰は最終手段であって犯罪をどう減らすかを考えるのが先だ、という意見が出ています。

  

 自分としては、確かに被害者のことを考えると本当にひどい、有罪になってしかるべきだと思います。しかし裁判官も人間ですのでいろんな人がいるわけで、地裁ぐらいでそこまで騒ぐことでもないのかなという気が多少します。

 もっとも、このネタが議論されていると言っても、議論の形式にすらなっていない、ネット上の双方の行き過ぎた発言を傍観した感想ですので、まだなんとも言えませんよね。今後の控訴審判決を待ちたいと思います。