厘花はブルーな気持ちでしんがを見ていた。
「ぼくに何か話でもあったの?」しんがが厘花に話し掛けた。
「・・・ごめん。ボク・・・猫が続けて殺されて・・・猫が逃げてきたあとからしんがくんが出てきたし・・・しんがくんにもう猫は殺さないでって言いにいったんだけど・・・」
ああ!とうとう言っちゃった!
「猫が殺された?」
小寺先生が不思議そうに訊き返す。
「はい。リボンをつけた猫が、始めにクビを絞めあられて宙吊りで。次は、ドブのなかに入れられて。」
あははは!と豪快な笑い声を上げて、小寺先生が笑い出した。
笑うことかよ!と厘花はほっぺを膨らまして抗議する。
「どうして笑うの?」
小寺先生は「ごめん、ごめん」と謝って、厘花の頭に右手を優しくのせてこう言った。
「わたしはね、学校の前の文房具屋さん、ゆちぷ堂だっけ?あそこの柵に首輪をひっかけて死んでしまった猫を解剖したんだよ」
「クビを絞められて殺された猫を解剖したの?」
きょとんとして厘花が訊き返した。
「あのね、厘花くん。あの猫は異物を飲み込んでたんだよ。きっとゴミでも漁ったときにエサと間違えて飲み込んだらしい。飲み込んだあと、苦しみながら柵の向こう側の塀から飛び降りようとして、誤って柵にリボンをひっかけてそのまま死んでしまったみたいなんだ。」
「え?異物って・・・」
「わたしが解剖して猫の喉の奥から取り出したのは、アルミホイルだったよ」
「!アルミホイルって・・・台所でママが使ってる・・・?」
「そうだよ。ホイルはね、生ゴミと一緒に捨てても燃えないし、本来はアルミ缶などといっしょに捨てるものなんだよ。」
「それがどうして・・・?」
「ちょうど袋ゴミの回収日で、ゆちぷ屋の前のごみ集積所でその猫がエサを漁ってたんだろうね。家庭から出る袋ゴミには、心無い人がいい加減に分別せずに捨てたアルミホイルがよく入ってるのさ。」
ああ!と厘花は合点した。
そうか、リボンが不幸にも柵に猫をひっかける役目をしてしまったんだ。
それを見た誰かが、猫を宙吊りにしたと思い込んでこんな騒動になっちまったんだ。
「あ・・・でも二番目のドブに浮かんでた猫は・・・」
「それは、車にはねられた猫が、はねられた勢いでドブの中に嵌まってしまったんだろう。その猫は解剖してはいないけれど、町の衛生部の車で、猫を運んでくれたみたいだよ。」
なーんだ。そうだったのか。
では、夕方の小寺先生の手の中にあった猫の死骸は?
次々と解明される一連の事件の真相に、厘花は呆然としていた。
「ボク、今日友達から、3匹目の猫も殺されたらしいって話を聞いたんです」
今度はストレートに小寺先生に訊いてみる。
「うん。実は今日の猫はその話の猫だと思うよ。」
小寺先生が、難しい顔をして頷く。
「今朝、わたしがクリニックの玄関を開けたときには、もう玄関先に箱に入った猫の死骸がおいてあったんだよ。」
「死んでたんですか?」
「そうだね。あの猫も窒息死だったよ。」
「ぇ?」
厘花が声を出すと、それまで黙ってふたりの会話を聞いていたしんがが声をかける。
「猫を殺したのが俺だと思ってたの?」
「・・・ごめん。」
小さくなって厘花が返事をする。
身体もどんどん小さくなって消えていきそうだ。
「参ったなぁ・・・俺、すごく動物が好きなのに。」
「ぇ?そうなの?・・・そうだよね。お父さんが獣医さんなのに・・・ボク、どうかしてたよ。」
すっかりしょんぼりしている。
「今日の猫は、飲み込んでいたのはラップだったんだよ。」
そんなふたりに小寺先生が説明する。
「今日の猫は、多分飼い猫だと思うよ。首輪はなかったけど、首輪をつけていたような跡が猫の首に残ってたからね。きっと食べ物といっしょにラップまで飲み込んでしまって、上手に吐き出せないまま窒息してしまったんだろう。飼い主がクリニックの玄関に置いていったんだろうと思うよ。」
「家族同然の飼い猫を?どうして人の家の前に置いていけるの?」
厘花にはわからなかった。
動物だって人間と同じ。生き物だ。
死んでしまったら、悲しいけれど丁寧に葬ってやるのが愛情だと思うけど・・・それを口に出す前に、小寺先生が続けて言った。
「このへんにもマンションが立ち並んできたよね。たとえば、飼い猫が死んでも、庭がない人はどうすると思う?他人の庭を掘って埋めてやることは無理だろう?」
眉間にしわを寄せて小寺先生が言う。
「思うに、うちは動物病院だ。そういったときにどうにかしてくださいと、祈るような気持ちで置いて行ったんじゃないかな。」
「だって、ペット専用のお墓だってあるのに・・・」
「ばーか!ペット用だって金がかかるだろうに!」
それまで黙っていた雪乃丞が割り込んだ。
「そこまでしてやろうなんてぇ親切な飼い主は、自分の可愛いペットにラップごと餌をやったりするはずないだろう。」
「うん・・・そうだよね。間違って餌についてたんだよね。気がつかなかったんだ・・・」
厘花もなんだかホイルやらラップやら、地球環境に優しくないものを飲み込んで命を落とした猫たちが、本当にかわいそうになってきた。
でも、それを殺されたと勘違いしてたなんて・・・恥ずかしい・・・。
「きみがうちの庭に迷い込んだときには、解剖を終えたその猫を、うちの庭に葬ってやろうと箱に入れて連れて行ったときだったんだよ。」
そうだったんだ。それを勘違いして、猫を殺した犯人を見つけたような気になってしまってたなんて・・・探偵気取りでしんがのあとをつけたり、病気のくせにしんがの悪行を止めようと家まで押しかけたり・・・。
厘花の浅はかな行動を、しんがはどう思ったろう。
「あの・・・ごめんなさい。小寺先生。・・・しんがくんも。」
「そうだよ、厘花。」
黙って聞いていたパパが厘花を諭すように話し掛けてくる。
「子ども同士でうわさ話をするのはかまわないよ。楽しいもんな。だけど、話に尾ひれがついてどんどん空想が膨らんでいくのは子どもの特権だと言われてもね。大人に迷惑がかかるようじゃしょうがないなじゃないか。」
「まあまあ、芹沢さん。」
小寺先生が割って入る。
「お陰で、芹沢さんとこうしてお知り合いになれて、ゆっくりお茶まで頂いてる。これは厘花ちゃんにお礼を言わなきゃならないと思ってたんですよ。」
「いや、本当に申し訳ない。厘花が失礼なことをしてしまって・・・悪かったね。しんがくん」
ますます厘花は小さくなる。
「ううん。」
しんがが首を振る。
「あしたから、こいつには学校で面倒見てもらいますから。」
にやにやしながら、しんがが厘花を見る。なにやら楽しそうだ。
「そうだ、小寺先生。せっかくですからうちで夕飯食べていかれませんか?」
「おお、いいですね。実は、しんがの母親はこいつが幼稚園のときに亡くなりまして・・・わたしがいつも食事を作るんですが、今日はあれやこれやでまったく何もできてなくて・・・」
頭をかいている。
「あら、それじゃ急いで用意しますわ。」
ママはにこにこして早速台所に立った。
しんがと厘花は顔を見合わせて、にやっと笑いあう。
どうやらこいつとは、うまくやれそうだ。
――お互いにそう思ったのかもしれない。
次の日の放課後。
厘花はしんがを誘って、キバっちとビット、4人で例の秘密基地に寝そべっている。
いつのまにかレジャーシートが敷かれ、その上には幼稚園で使ってたちっちゃな座布団が3枚、乱雑に散らばっている。
そのひとつをお腹とひざの間にはさんで寝転がり、厘花がしんがに訊いた。
「ね、そういえばしんがくんが転校してきた日、どうしてこのへんをうろついてたの?」
「そうそう、結構怪しかったよ」とキバっち。
ビットが続ける。
「それに、猫がしんがくんから逃げてきたように見えたし。」
どうしようかな、というような渋い顔でしんがが答えた。
「・・・実はそうなんだ。猫は俺から逃げてったんだ。」
「ぇえ~~~~~っ!」
一同驚いて、大声を上げる。
「ちょっとぉ、猫を虐待とかしてたんじゃ・・・」
キバっちが決め付ける。
「あーっ!もう!そんなことするはずないだろ。いいや、話しちゃえ!」
しんがの話はこうだ。
春休み中にクリニックの引越しが終わり、新しい学校で使おうと、しんがが文房具を買いに「ゆちぷ堂」へ行った。
店へ入っていったところ、ちょうどミゲールさんは誰かと電話で話していた。
ちょっと待ってね、というふうにしんがにジェスチャーをすると、ミゲールさんはまた電話で話し始めた。
聞くとは無しに店の中にいると、やはり耳にミゲールさんの声が聞こえてくる。
「そうなんですよ。この辺は急にノラ猫が増えたみたいで。うちの前のゴミ収集場も収集日にはかなり猫が集まってきてね。」
どこに電話してるんだろうと思ったら、どうやらこの町の清掃局とからしい。
「ゴミをあさっていたずらはするし、家の中まで入ってくるんだから。もうどうにかしてくださいよ。」
「はいはい。野良猫だけでもちろん・・・まあ、そうですか?」
「ぇぇ、見に来てくださいよ。はい。必ずね。お願いしますよ。」
しんがは考えた。
この辺は野良猫が増えたらしい。
ゴミを散らかしたり、家の中まで入っていたずらする野良猫たち。
町の役場に電話したらしいここの女主人。
・・・野良猫を捕まえてどうするんだろう?
しんがは更に考える。
野良猫だってもともと誰か人間が飼ってた家猫のはず。
それを家猫の去勢もせずに、爆発的に増えたからってどうかするのは人間の我侭じゃないか。
ずるいよ。大人は。
ペットはモノじゃない。生き物だ。
野良猫がエサを狙うのだって、当たり前だよ。
だって生きていくのに必要なんだもん。
ゴミを荒らされてイヤならば、ネットでもかけたり大きなゴミ箱に入れたりして工夫すればいい。
家に入られて困るんだったら、ドアを開けっ放しにしなきゃいい。
かわいそうな野良猫たち。
どうすればいいんだ?
「で、俺が考えたのは、野良猫にリボンをつけて、いかにもどこかで飼われているように見せることだったんだ。捕まえられないようにね。」
「うわ~!しんがくん、あったまイイ!」
ビットが素っ頓狂な声で褒める。
「・・・だろ?リボンや首輪がついてる猫だったら、誰も野良猫とは思わないし。でも無理にリボンをつけようとして猫に逃げられたり、ひっかかれたり大変だった。あの裏庭で会ったときも、猫にリボンをつけたんだけど、お陰でほら、ひっかかれたよ。」
「へーそうだったのかぁ・・・」
厘花が合点する。
「ただね・・・」
急にしょぼんとしたしんがが、3人の顔を交互に見て悲しそうに話す。
「俺がつけてやったリボンのせいで、柵にひっかかって死んじゃったんだよな・・・あの野良猫。次につけてやった猫は交通事故で跳ね飛ばされちゃったらしいし・・・」
結局、しんがは野良猫たちを救うことはできなかった。
それで自分を責めているらしい。
返って、助けようとおもってしたことが、猫にとっては事故につながったようなものだし。
厘花がふと気づいて言った。
「でも、しんがくん。小寺先生は、1匹目と3匹目は、窒息してたって言ってたよ。ううん、リボンでじゃなくて」
「え?」キバっちとビットが初耳って顔で厘花に先を促す。
「1匹目はアルミホイル。3匹目はラップを飲み込んでて、窒息したんだって」
「ホイルは多分エサを漁って間違って飲み込んじゃったらしいし、ラップはエサについてたのをやっぱり間違って飲んじゃったんじゃないか、って先生言ってた」と、続ける。
「そりゃそうだけど・・・」と、しんが。
「どっちにしても、人間のしたことがあの猫たちを死なせちゃったことには間違いないんだから。しかも、自分のペットを安らかに祭ってやることもできないんだよね。」
厘花たち3人も神妙にしんがの話に耳を傾ける。
「俺なんか、今はこんなに動物が大好きだけど、大人になったら、自分さえ良ければいい、ってヤツになっちまうのかなぁ・・・」
ふるふると厘花がクビを振る。
「そんなことないよ。しんがくん。しんがくんのパパ、小寺先生を見てごらんよ。動物が大好きで獣医さんになったんでしょ?しんがくんだって、動物好きな優しい大人になれるって!」
うんうんと他の2人も頷いている。
「ほんと、そうなりてーよ。」
空は今日も快晴。
仲良しトリオが仲良しカルテットになった記念の日。
(おしまい)
