数日前、身内じゃないバレエ公演を観に行った。かなり久しぶりだったかもしれない。

見終わって感じたこと。
今回は舞台を客観的に見ることができた。どうしても内々な目線から見ちゃうことが多いんだけど。
正直な感想、バレエって見てて面白いの?が終演後思ったこと(笑)今までそんな風に思ったことなんかなかったのに。その原因は無意識にに演劇と比較してしまったからだと思う。まぁ舞台役者とバレリーナの役割を比較すること自体意味不明だけども、、

でも、その中で初めて感じたのはバレエダンサーは舞台上では"ひと"であっちゃいけないのかなという発想。もちろんキャラクターが人間であったり、"ひと"としてレヴェランスするんだけども。極端な話、非現実に生きるモノってゆうか、妖精的な存在ってゆうか。あくまでも観客はベールの向こう側で起きる事々を眺める立場であって、躍り手はあくまでも見せる/魅せる立場。そこに感情移入もなければ道徳観もない。
それがつまり演劇を見に行くこととは違う芸術鑑賞なのかなぁ。

芸術を愉しむ
むずかしいね。

何が愉しいのか、
どんなところで愉しませられるのか、
客は何を求めてくるのか、



そんな折に……
スクリーンでしか聞いたことのない歌に直に触れた
自分の想定外に涙が止まらなかった

感動を与える
距離や見えないベールがなくてもひとの心に感動の波を巻きおこせられる

それが役者の特権で、職業ダンサーにはないものなのか?



最近読んだ本が立て続けに心に響いたからメモ


伊坂幸太郎「グラスホッパー」

―依頼人に頼まれた対象者に会って相手を自殺に追い込む、鯨。

人は皆、死にたがってる

つらくて、苦しくて、大変な人生を投げ捨てたい

誰もが心に持ってる闇

むなしくて、悔しい響き

それでも皆、闇を抱えて毎日を生き抜いてるのかな

そこに意味はあるのかな



重松清「哀愁的東京」

―哀愁、むなしさ、悲しさ、孤独、

東京、Tokyo


踊る前、踊ってる最中
今できる躍りを出しきることに集中できた

それでもやっぱり、まだまだな部分を痛感した本番後


でも、結果が出て
みんな喜んでるふりして何思ってるんだか
欲深いひとはわかりやすくていいけど

自分は正直、そんな結果がついてくるとは期待もしてなかったしそうなるとも思ってなかったから
素直に喜びたったのに
周りの邪念に阻まれてチャンスのがしてしまった…

ま、いっか
元々欲しがってた入賞じゃないし

棚からぼたもち
うふ♪笑

喝をいれられた



凹んだし 泣きそうになったけど

涙が出なかったのは

事実を受け止められたから


最近こんな感覚全然なかった


怒られても、あぁまたか ってなってたし

諦められてるけど だめ元で怒ってもらってる

仕方ないから 怒ってもらってる

そんな風にしか受け止められなかったけど


今回Omi先生に言われて

すごく感謝してる


このきっかけを

そのまま流したくない

初心にかえって考えてみた

今回のコンクールに出ようと思った理由、目的、経過…
理由は明確、怠けたくなかったから。
目的、上手くなる。
経過、想像よりも手応えはなかったけど、でも踊ることが楽しいと思えた


忘れちゃいけない、

楽しいって想える気持ち

上手くなる=認められること
先生に、親に、世間に認められたい


でも無理だって、内心諦めてる自分がいる

認められるためには 天性の才能がないんだから努力するしかない

誰かに引っ張りあげてもらうこともなければ、目をかけて育ててもらえる価値もない
自分のアピールがそのチャンスをつかむ可能性はあるけど、自信もないのにそんなこと、、


とにかく、どうなりたいんだろう?
何がしたいんだろう?