上は王侯から下は百姓に至るまで、米を藏に入れるときは、市場の米は少なくなり、都会では米が高くなる。それでも人々の心に藏に米がある事を知ったときは、市場ではそれほど高くはならない。ただこれを和というものだ。また天の命令で時運のなす業である。買い置きする人は如何に工夫してみようとも、天命を覆すことはできない。ましてや、自分だけ僅かながらでも稼ごうと思っても、凶作を願う人はあろうか。喩えいたとしてもこんな不仁な人が大願成就することはない。

 

立身出世を願う人はこの点をよくこの道理を考えて、天理を考えなさい。天理に反して長期計画は上手くいかないものだ。

 

こういうことであるから、買い置きして利益を得ようとする者は、天の時と人の和を考えなさい。間違っても、天候不順や雨風をあてにしてはならない。二百十日には必ず大風があるからと言ってそれをあてにして、その前に買いだめしておく人が多いが、こういうのは買いやらかしと言って、一瞬相場が上がることもこともあるが、二百十日に大風が吹いてしまえば、米は思いのほか下がることがある。これはあてにしていた風がそれほど田を荒らさない、遠方には風が吹かないところもあって、人が思うようにはならないものだ。天の全てを予測することは難しい。陽数[1]は常に余るものであるから、天文歴術にも奇数がある。ずっと先のことなぞ分からない。だから、暦も時代に合わせて改めていくものだ。ましてや、風雨は予測がつかない。これは深く考えても仕方がない。

 


[1] 陰陽思想などにおける奇数のこと。

 

米相場というものに限らず、商品の値段の変動というのはあるものです。一般消費者からすれば、ここ30年のデフレで値段はほぼ安定か下がると思い込んでしまっている点がありますが、恵比寿屋さんが子供の頃は菓子パンであっても値段はどんどん上がるものでした。

 

これは通貨供給量等々の影響がありますけど、基本は需給バランスは大きいですね。例えば、バブルの時にあれだけ熱狂したテレカと切手は今となっては額面以下で売られているのが当たり前です。こういうのが人の和というものなんでしょう。たまごっちもそうでしょうね。