大智者もはじめは卑しい商人でした。そのとき堪忍の二文字を守ろうとしていたと講釈師から聞きました。この趣旨を私は聞きまして、堪忍の二文字を守るのは小商人が守るべき事だと納得しました。高額な物であっても、ここでは安く値をつけようとします。別に股をくぐれとか、頭を殴るぞというようなことは申されません。安く買おうとするのは買い手にとってはいつもの事、半銭であっても高く売ろうと思うのは、商人のよくやることですので、何も腹が立つことではございません。しっかりと私が人様の機嫌を取ろうとするのもこの倅が不憫で、小商人ですので元手もない。出世できないぼてふりをさせなければなりません。せめて町中でこんなことをやらせて、得意の二三百もある魚屋にさせるのが倅には不憫で、韓信から見れば私の商売は堪忍するしないの話ではございません。そう人が腹を立てれば損が出るものです。一生頭が上がる商売ではございません。」

と身の上を聞いて上様もその心意気に感心した。

「その子に縁があるのかもしれない、その子を私の養子にくれないか。」

と言った。その男も男気があって、所詮この商売では出世はできません。出世できるのであれば養子に出しますが、何一つ芸がない倅です。覚えた事というのは、商売の符帳

一をそく 二をぶり 三をたいく 四をみす 五をおんて 六をかい 七をたまや 八をこた 九をきわ 十をそく

またしばらく青物をぼてふり売りをすれば、符帳も換えて教え

一をちぎ 二をはら 三をきり 四をだり 五を長は又はかれん 六をろんじ又みづとも 七をおきがへ又さいなん 八をあつた又ばんどう 九をきわ 十をそく

この二つの商売の符帳の他は、読み書き算盤はまだ教えていません。」

そのままの正直であることが、ますます気に入って、互いに話し合い親子共に江戸に連れ帰っていった。

よくよくおどもが欲しかった人ではあるが、この男の巡り合わせと正直なのとしっかりしているのが取柄、寝耳に水の出世をして子供はすぐに養子として息子の身分、親は隠居の楽な身になった。

しかし、幼いころから慣れ親しんだことは忘れないもので、この男の楽しみは酒でほろ酔い機嫌の時は片手を頬に当ててえり物コウコウと車エビと魚売りの真似をするので、息子は冷や汗をかいて親にくっついて歩き、養子親へ気の毒だとちょくちょく叱られ、面目を失った。友達のところへ手紙を送る奥書には、言い過ぎたと。このような出世はまた別のことであるが、小商人の心入れはこのようにありたいものだ。