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人間として生まれる前に、生まれたいかと聞かれることができない。
物心がついていたら、自分がこの世にすでに生きていることを一種の事実として受け止めなければならない。その上で、生き続けていくしかない。だいたい。

生まれるか否かという選択を与えられていないが、その逆はどうなるか。つまり、命を自らの意志で断つことを選択できるでしょうか。

euthanasia,安楽死というものは、ほとんどの国では認められていない。それを法的に容認している極一部の国でも厳しい条件付きでの扱いになる。なぜなら、安楽死の可否自体は哲学の究極問題に限りなく近いといっていいほどの問題になるからだ。人間とは、何か。人間と人間以外の他者(動植物、神など)とは何の違いがあるか。ひいては、生きる意味とは存在するものか。このような、太古時代から人間が自分を問い詰め続けてきた疑問を永遠に抱きながら人生を歩みゆくしかないかもしれない。
私がGill Pharaohさんの年になると、どう選択するか、想像をつくしても、今の私には答えられない。
日本では、「頑張ってください」というお励ましの言葉をよく耳にする。確かに、前向きに物事を扱わなければ事情がよくならないのみならず、負の連鎖をまで引き起こすこともありうる
それでも、ここで、聞いてみたい問いがある。そもそも、人間には、絶望の権利はあるでしょうか。