かく言う私も、小学校時代に少しいじめられていました。
いじめられていた者として今思うのは、
勿論いじめる奴は酷い、でも、いじめられる側にも何らかの原因があって、自分を振り返って、他人として自分を思い返すと、ダメな所が有ったなと。
そして、親は子供が学校に入る際に、何を伝えておくべきか、それを考えなければいけないと思う。
まず親は子供に、感情を表現する事を教える必要が有ると思う。
学校という場所は、今まで知らなかった者通しが、同じ校区という理由で集められて教育をされる場所で、年齢に達したから行く事になるという事。
仲良くなる子も現れるだろうけれど、逆に失礼な事をしてくる奴もいるという事。
腹が立つ事を他人からされたなら、ちゃんと怒るという事。
怒って、相手に(こっちは頭に来てる)と表現して知らせるという事。
そして、場合によっては喧嘩しても構わないと教える事。
こっちに失礼な事をしてくるのであれば、こっちは手を出す事も辞さないと伝える事。
物凄い単純な事だけど、今の御時世ではそれをやると(前時代的)(野蛮だ)(暴力反対)(喧嘩両成敗)なんて言って悪い事だと教える。
親は、子供が失礼な事をされたから怒ったという結果で喧嘩になったのであれば、それに対して怒るなんて以ての外だし、褒めてあげるくらいで良いと思う。
だいたい子供は他人の気持ちが解らないから平気で他人に失礼な事をする訳で、それに対して単純に反抗するのは正解だし、そうやって互いに他人という存在を理解していけば良いのだ。
それをただ(暴力反対)ってだけで全て押さえつけた結果、子供の心は病み、自殺する子だって出てくる訳で。
親は、まずは他人に失礼な事をしてはいけないと教える。
その後に、もし失礼な事をされたら、怒って良い、喧嘩しても良いと教える。
喧嘩して問題になったら、親としてお前を独りにせずにしっかりと支えると伝える。
格闘技系のスポーツや武道を習わせるのも良い。
それをいじめる奴に解らせれば、それだけで抑止になる。
今まで述べてきた事は、もう早ければ早いほど、年齢が小さくて、腕力がまだあまり無い頃に子供に伝えるべきだと思う。
喧嘩していいのは、成長して力が付く前までだと思う。
力が付いたら大怪我もあるだろう。
非力な内に、力の使い方を知っておく必要が有る。
私は小学校時代、いじめられて頭に来たけど、今考えるこういった意識を自分で考える事が出来なかったし、弱すぎた。
怒って相手に(お前は失礼な事をしてるぞ)と伝える事が、相手の為になると思っていたなら、反抗できたろうし、恐怖心も克服できたろうと思う。
反抗しなかった結果、心に残るのは、後悔と今だにスッキリしない屈辱感、魂を売り渡した様な惨めな感情だ。
それがその後の長い人生の中で、いつまでも心の片隅に残って、澱となって鬱屈した
感情の源になる。
感受性が良い人間であれば、恨みや負の感情として人格を形成してしまうだろう。
だからそれは大事なのだ。
私は子供はいないけど、時折(もし子供がいたらこう教えるなぁ)なんて思う事も有ります。
今回は暗い内容になってしまいましたが、文字にしておきたかったので書かせて頂きました。