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yeah-she 再生工場

極めて個人的趣味嗜好の為の遊び場

何とも痛ましい事件が起こりましたね。

被害に遭われた女子大生のシンガーソングライターの方の安否が気になって仕方がありません。

意識が回復しても、二度と活動は出来ないでしょうけど、静かに自分の人生を全うして欲しいです。



色んな事を考えます。

かつて僕も、とあるモデルさんというかタレントさんのファンになり、直接会える機会であるライブだとか撮影会だとか交流会というものに参加した事が有りました。


プレゼントを渡した事も有ったし、ツイッターにリプライしたり、その他のSNSに書き込みをしたりと、熱心に繋がりを求めていた事も有りました。

それでその方から返信をされたり、会場で会話した時は嬉しくて有頂天になったりして、その状況に酔っていました。



最終的に、そんな風に直接会える場所において、その方の結婚の発表を本人から直接聞くという体験をして、その時の僕はどんな感情だったか、というと、

ずどーんと一気に現実に引き戻された
(自分は何人ものファンの中の単なるワンオブゼムであり、実際はその人の中身などは何にも知らない他人であって、顔と名前を覚えられているだけの人間だ、というだけの話)

と同時に、

それまでの自分の態度を振り返ったら(あわよくば)感が丸出しで、一丁前に(俺がこの人の事を一番想っている)なんていう思い上がった気持ちで悦に入った顔をして接していたんじゃないか?!という事に対する恥ずかしさで、取り乱して動転してしまった事がありました。

と言っても何かしたわけではなく、その場にへたり込んでしまっただけなのですが。


その時は、(ファンとは一体何なんだろう)
という事を否応なしに考える事になりました。


そこで至った結論は、

ファンとは憧憬の対象となる人物を肯定する者】なのではないか、
という事でした。

どういう事かというと、

たとえこちらの欲求に反する行動をしたとしても、その人の身になって肯定する事が出来るなら、それが真のファンなのではないか、と思ったのであります。

もしも僕が、その方が結婚を発表した時に、その方に対して態度を変えたり逆恨みなどをしてしまった瞬間に、

それまでの自分の(応援)と称してしてきた行動の全てが、単なる下衆な感情、性欲の対象として接してきただけの悪あがきに成り下がる、と思ったのです。

つまりは自分を否定する事になると。

とはいえ、恥ずかしさを感じたのは、そういう下心が全くなかったと言えば嘘であったからだと思います。

当時は、ある種の恋愛感情の様なものが無かったら、タレントさんの応援など出来ないと思っていたのは事実でした。

だからこそ、それだけじゃないんだ!と自分なりにこれまでしてきた事を肯定したかった・プライドを持ちたかったのは事実でした。


僕がファンだったその方が結婚発表後に行ったライブにも行ったし、交流会にも参加してお祝いをしたのは、そんな自分を保とうとするが故の行動であったと思います。



そんな一件があって、今となっては、そういった偶像・幻想を売る商売の方に対する距離感はかなり冷静になったと思います。


そもそもそんなパブリックな存在の方に恋愛感情交じりになる事に、今となっては価値を見出す事は出来ないし、

実際にお付き合いをする一般人の相手が出来た事で、その頃よりも冷静に判断できます。


ただその時に取り乱した事は事実だし、僕も一歩間違えていたら、今回の事件の犯人の様になっていた可能性も無かったとは言い切れないのかなと自省する所です。
だから他人事とは思えないのです。


あと一つ言っておきたいのは、

応援と称して行う自らの行動の全ては、

〈自分がやりたいからやっているだけ〉

という事を忘れてはいけないのです。

つまりは自己満足なのです。
自分が気持ち良いからやっているだけなのです。



タレント・アイドルさん達は(来て欲しい・買って欲しい)という姿勢でこちらと接しますが、

それに応えるからと言って贔屓もしないし、
応えないからと言って邪険にもしない。

そんな事無い、買えば仲良くしてくれると思わせてくれるかも知れないけれど、それは勝手に自分が都合良く捉えているだけなのです。

応えるも応えないも、全てこちらの意志による事なのです。判断はこちらに委ねられているのです

だから客がしている事は、
〈客がしたくて勝手にしている事〉
なのであって、

極端な話、何かグッズを買うという事一つにしても、そのタレントなりアイドルさんが客の財布からお金を抜いて買わせるなんて事は有るはずが無くて、あくまで客が自分の意志でしたくてしてる事なのです。

そこには厳然たる線引きが存在していますよね。

タレント・アイドルにとって客は皆が等価であって、それ以上でもそれ以下でもない。
特別扱いはしないのです。

商売とはそういうものなのでしょう。

だから、僕は当時はそこまで突き詰めては考えなかったけれども、〈自分がやりたくてやってるだけだ〉という事は頭にあったおかげで思いとどまった部分も有ったと思います。




タレント・アイドルなどにハマる理由としてこんな事も考えます。

それは実際の恋愛をした経験が少なくて、女性に対して幻想を抱いたり、性的な対象として見る考えに囚われている、という事かなと思います。

言うまでもなく、そんな男に女性と接するきっかけなどはやって来ない訳で、

勝手な思い込みや性欲というものは、未熟な男の冷静な判断を狂わせるものだという事です。


性欲を喚起させるものは何か、通常の健康な男であれば、容姿端麗な女性だと思います。

決して個人的な付き合いなどは出来ない、パブリックな存在であるアイドルやタレントが、直接触れ合えたりSNSで交流できたりしたら、あわよくばと考えてしまう輩が出てくる事も有るだろうなと、我が身振り返るとそう思います。


偶像にハマる者の心情に、(繋がりを求めるくせに、孤独に耽りたがる)という、相反する心情があるのかな、と思います。

それは簡単に言うと、
(こちらが気持ち良い付き合いだけをしたいし、めんどくさい事はこちらに持ち込まないで欲しい)
という、言ってみれば自己中心的な考えです。


まずそんな心持ちで付き合える人間は居ないし、

付き合うならめんどくさい事もあるし、

めんどくさい事をしたくないなら、孤独を受け入れて耐えなければならないのであって、

両取りなんて虫の良い話は無い訳です。


普通に生活していたら目にする事すら無かったであろう容姿端麗な女性と話せて繋がれるという事で、自己肯定感を味わえるのが、現代の偶像・タレント・アーティストであると言えるのかも知れませんが、

その自己肯定感は実態がないものであり、

やはり本当に自己肯定感を感じる事が出来るのは、

相手のオモテムキの容姿云々ではなくて、じっくりと心の形を見る事が出来る相手と付き合い(一対一でそういう時間を作れる相手)、

自分にとってずっと付き合って行きたいと思える相手を探して、面倒な事も全部引っくるめて付き合って行く事以外に無いのでは無いかと思います。


美輪明宏さんが、
(私は相手の容姿は見ない。相手を全て丸い魂として見る。そして目に見えない性格などの部分を見て、人を判断する。)
という意味の事を言っていたのを思い出します。

その通りにしてみると、容姿などの些細な事は関係なくなるし、

本当に自分にとって大切な人を見つける事が出来ると思います。

そうして見つけた人をひたすら愛して行く事。
結果的にはとてもシンプルな事になっていくんですよね。


価値観や情報が多く有りすぎて、ひたすら混乱する毎日の中で、惑わされずに、自分にとって本当に大切なものを見つける事が必要だし、

それに気づくのが早ければ早いほど人生をより長い時間楽しく過ごせると思います。


僕はかなり年齢が行ってからやっとそれに気付いたけど、過去の経験があって今に至るので、必要な事だったと思います。


やはり本当に自分が過ごしやすい場所を見つけたり、無理をせずにありのままでいられる場所を見つけるには色んな事を経験しないといけないし大変だけど、

いつかそれが必ず自分をわからせてくれる(理屈ではなく感覚的に)から、

自己中心的な場所から飛び出る事が大事かなと思います。それが近道かなと思います。