部屋の鍵をまわす頃には、今日一日の暑さを知らしめるかのように
朝日が眩しさを増していた。
玄関の隅に白いハイヒールがきれいに揃えられてある。やばい、気まずい感じ。
「勝手に上がり込んでいるわよ。福山くんといっしょだったのね」
「おっ、チカちゃん、ごめん、ごめん。寝てたんだろ、起こして悪いな」
化粧を落とした千香子さんの顔が覗く。夏休みの帰省前に夜遊びに繰り出そうと言い出したのは
浅間なのに、僕は何ともばつが悪く思えてならない。
「いいよ、福山あがっていけよ。コーヒー入れるからさ」
浅間はそう言うとバスルームに入り、千香子さんがキッチンでコーヒーを沸かしはじめる。
退散するタイミングを、いつもこうやって逃してしまうんだ。
「千香子さん、ごめん。今日、約束してるって浅間から聞いてなかったんだ」
「いいのよ、週末はなんとなく来ているだけだから」
毎度、千香子さんは歓迎とも迷惑とも感じさせない態度をとる。
そんな時、僕は彼女に対して、ちょっとばかり人見知りしたくなる。
何処に行ってたの?他に誰が一緒だったの?とか、そんな類いのことを一切たずねてこない。
大学のサークルや街でひっかけた女の子なら、こんなシチュエーションでは
あからさまに嫌な顔をするか、高飛車な態度をとるに決まっているのに。
だから、初めて千香子さんを紹介されたとき、まるで意外だった。
派手好きで行儀や常識に無頓着、品行方正とは言いがたい浅間に、
彼女はまったくそぐわない感じがしてならなかった。
「どうだ、目は覚めたか。運転できそうか」
シャワーを浴びた浅間がポーチュガルの香りを漂わせて部屋に入ってきた。
「大丈夫、そろそろ行くよ。週末の渋滞が始まる前にさ」
「泊めてやれなくて悪いな。気をつけて帰れよ」
僕は千香子さんにコーヒーのお礼と起こしてしまったことを詫びながら
靴を履いて部屋を後にした。マンションの前で車にキーを差し込んでいるとき、
ベランダから浅間が身を乗り出し、タバコの箱を放り投げてきた。
「福山、居眠りするなよ。新学期がはじまる前にはジョイントしようぜ」
アラフォーには忘れられない時代、1987年のお話です。
