yawatacoのブログ

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アラフォーには忘れられない時代、1987年のお話です。
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部屋の鍵をまわす頃には、今日一日の暑さを知らしめるかのように
朝日が眩しさを増していた。
玄関の隅に白いハイヒールがきれいに揃えられてある。やばい、気まずい感じ。

「勝手に上がり込んでいるわよ。福山くんといっしょだったのね」

「おっ、チカちゃん、ごめん、ごめん。寝てたんだろ、起こして悪いな」

化粧を落とした千香子さんの顔が覗く。夏休みの帰省前に夜遊びに繰り出そうと言い出したのは
浅間なのに、僕は何ともばつが悪く思えてならない。

「いいよ、福山あがっていけよ。コーヒー入れるからさ」

浅間はそう言うとバスルームに入り、千香子さんがキッチンでコーヒーを沸かしはじめる。
退散するタイミングを、いつもこうやって逃してしまうんだ。

「千香子さん、ごめん。今日、約束してるって浅間から聞いてなかったんだ」

「いいのよ、週末はなんとなく来ているだけだから」

毎度、千香子さんは歓迎とも迷惑とも感じさせない態度をとる。
そんな時、僕は彼女に対して、ちょっとばかり人見知りしたくなる。
何処に行ってたの?他に誰が一緒だったの?とか、そんな類いのことを一切たずねてこない。

大学のサークルや街でひっかけた女の子なら、こんなシチュエーションでは
あからさまに嫌な顔をするか、高飛車な態度をとるに決まっているのに。
だから、初めて千香子さんを紹介されたとき、まるで意外だった。
派手好きで行儀や常識に無頓着、品行方正とは言いがたい浅間に、
彼女はまったくそぐわない感じがしてならなかった。

「どうだ、目は覚めたか。運転できそうか」

シャワーを浴びた浅間がポーチュガルの香りを漂わせて部屋に入ってきた。

「大丈夫、そろそろ行くよ。週末の渋滞が始まる前にさ」

「泊めてやれなくて悪いな。気をつけて帰れよ」

僕は千香子さんにコーヒーのお礼と起こしてしまったことを詫びながら
靴を履いて部屋を後にした。マンションの前で車にキーを差し込んでいるとき、
ベランダから浅間が身を乗り出し、タバコの箱を放り投げてきた。

「福山、居眠りするなよ。新学期がはじまる前にはジョイントしようぜ」
「オッサンになってから遊びまくっても、無様なだけなんだよ」

そう吐き捨てると、浅間はラッキーストライクの最後の一口を吸って窓の外に放り投げた。

今やりたいことは今すぐやらなきゃ。というのがコイツの持論。

夜と朝が混じりあう薄紫色の246を厚木方面へ走りながら、僕はこの4カ月にわたって
同じ台詞を嫌というほど聞かされている。

数週間前に石原裕次郎が死んでから、その頻度は高くなるばかりだ。

「金をちらつかせて女を釣るなんてサイテーだぜ。ロクに踊れもしないくせによ。
きっと若い頃にナンパなんてしたことないヤツだぜ」

今日はいつもよりもくどくどと話が続く。六本木のディスコで仲良く盛り上がった女の子たちを、
ダブルのスーツを着た成金風の男に横取りされたことがかなり頭にきているらしい。

バーでカクテルを一杯おごる学生と、VIPルームでドンペリを空ける社会人。
当然のことだけど軍配は大人にあがる。

僕はカーステレオのカセットを入れ替えて、マイケル・フォーチュナティで浅間の愚痴と
襲いかかる睡魔を吹き飛ばす。

サビが鳴りはじめると助手席で浅間が立ち上がりサンルーフから体を出して、
曲に合わせて声を挙げる。

「ハッハハハハーッ、ハァハァハハハッ!」

夜通し起きているのに浅間のテンションは下がらない。僕は信号が黄色から赤に変わる
交差点を通過する時だけ、自分がハンドルを握っていることに気がつく始末なのに。

あともう少し、デニーズの角を左折すれば浅間のマンションだ。