桜の下で、想いは光に変わる。
春風と共に――その光は、次の世代へと受け継がれていく。
第五章 桜の下で
ーー想いの続きーー
朝の光がやわらかく差し込む。
窓の外では、桜の花びらが風に乗って揺れていた。
おばあちゃんはベッドの上で目を覚ました。
胸の奥が不思議と温かく、まるで誰かがそっと手を握ってくれているような気がした。
枕元の机には、昨日までなかった小さなチョーク。
白い粉が少し指につくほど、まだ新しい。
おばあちゃんはそれを見つめて、静かに微笑んだ。
「あなた……もう、授業を終えたのね。」
その声に応えるように、
窓から吹き込んだ風がカーテンをふわりと揺らした。
桜の花びらが一枚、室内へと舞い込み、
おばあちゃんの手のひらにそっと落ちた。
千紗は、台所で湯呑みにお茶を注ぎながら
ふと、胸の奥に温かいものを感じて立ち止まった。
(……おばあちゃん、なんだか今日、穏やかだな)
部屋に戻ると、おばあちゃんは静かに桜の花びらを見つめていた。
「千紗ちゃん、ねぇ……桜の香り、する?」
「うん、するよ。春の匂いだね。」
「そうね……春ってね、出会いと別れの季節なのよ。」
おばあちゃんは少し目を細めて、
花びらを胸の上にそっと置いた。
「でもね、別れって……本当は“想いの続き”なの。離れても、心の中でずっと話しかけられるのよ。」
千紗は言葉が出せなかった。
ただ、その横顔があまりに穏やかで、
まるで春の光そのもののように見えた。
夕方。
カーテン越しの光が金色に変わる。
おばあちゃんの胸の上の花びらが、
ゆっくりと光を帯びはじめた。
千紗が駆け寄る。
「おばあちゃん……?」
おばあちゃんは穏やかに微笑み、
手の中に握った小さなチョークを見せた。
「ほら……あなたのおじいちゃん、迎えに来たみたい。」
その言葉とともに、
光が部屋いっぱいに広がった。
あたたかく、やさしい光。
千紗は涙をこぼしながら、
「……おばあちゃん、ありがとう」
とつぶやいた。
光がゆっくりと静まり、
おばあちゃんの手からチョークがころりと転がり落ちた。
その音は、小さな鐘のように優しく響いた。
おばあちゃんの顔には、深い安らぎと微笑みが残っていた。
テーブルの上には、白いチョークの粉と、金色の残り香が静かに残っている。
その横で一枚の古い新聞紙が風に揺れた。
「かさり」
その音はまるで遠い日の授業の続きのように優しく響いた。
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千紗は外に出て、
夜空を見上げた。
空気は少し冷たかったけれど、
心の中は不思議なほど温かかった。
風が吹く。
その音の中に、おじいちゃんとおばあちゃんの笑い声が混ざった気がした。
千紗は手を胸に当てて、小さくつぶやいた。
「……私も、誰かの想いを灯せる人になります。」
その言葉に応えるように、遠くの空でランプのような光がひとつ、ゆっくりと瞬いた。
灯影堂の灯と同じ色だった。
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あとがき
この物語は、現実の中にある“想いの光”を描きたくて書きました。
現実は、こんなに綺麗ではありません。
昼も夜もなく、怒鳴り声が響いたり、徘徊が続いたり……
心が折れそうになる夜もあります。
けれど、それでも――
「一緒に生きる」ということは、そのすべてを抱きしめること。
簡単なことではないけれど、その中に確かにある“想い”に、どうか光が差してほしい。
もし今、あなたのそばに、
同じような時間を過ごしている誰かがいるなら――
その人の中にも、きっと小さな灯が宿っています。
この物語が、その灯に少しでも寄り添えたなら、それだけで十分です。
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