第37話 15歳の過去
ビルのエレベーターに乗り、スミレとツグオは花蜂鬼の部屋まで行く。
それを見届けると田部は二人を待つことなく、自分の車に乗り換えるとどこかへ走り去った。
エレベーターを降り、斜め前を歩くスミレの背を追いながら、透き通るような耳たぶに光る小さな花の形をした銀のピアスに、ツグオは魅せられていた。そんな冷静な自分が可笑しくもある。
程なくドアの前でスミレがノックすると、部屋の中から返事がした。
スミレとツグオが顔を見合い、部屋に入ると、背の低い小太りの女がいた。
雰囲気から、これまでの花蜂鬼とは明らかに違う。今までは自分で歩くのも辛そうにしていたのに……。
いまの花蜂鬼は若さがみなぎっているように見える。
すると、花蜂鬼は愛おしい人に見せるような哀しげな表情をして、いきなりツグオに抱きついて来た。
スミレが促して、ツグオは手をつないで花蜂鬼を奥の寝室につれていく。
花蜂鬼をベッドに座らせ、スミレとツグオは椅子に腰を下ろした。
ツグオが来たので安堵したのか、花蜂鬼は上機嫌のようで、ツグオの方へ座り直すと足を組んだ。
そして、自分の髪をかき上げようとするが、ショートヘヤーだったのに気付くと、フッと溜め息を吐く。
スミレは呆れたようにツグオの肩をポンと軽く叩いて頷くと、部屋を出て行った。
この部屋の、何処かにカメラがあるに違いない。とうとう、ツグオが鳥の男だとバレㇽ時がきたのだろうか。
花蜂鬼と部屋に二人きりになったと思った時、ツグオの肩に留まっていた狂獄鳥(ファントム)が天井へ飛んで旋回し始めた。
それに気付くと、花蜂鬼は、さっと人差し指を高く上げて待った。
すると、待っていたように、狂獄鳥は羽を落として、その指にとまったのだ。
ツグオは、ああ、そうなのか、と気付いた。
「あんたは、もしかして、香央樹なのか?」
「……ええ、そうなの。私は香央樹よ。誰も信じてくれないけどね。ああ、どういう訳か、眠っている花蜂鬼より私が先に目覚めたらしいの……でも、嫌になっちゃう。花蜂鬼は4頭身で、私は8頭身だから、なんとも動き辛くて仕方がないのよ」
「あんたは、花蜂鬼からは出られないの?」
「そうね、私の場合は花蜂鬼が吐き出さない限り、このチビデブの体からは出て行けない。それだけ、花蜂鬼の魔力は強大なのよ」
「シィーッ、俺達の会話はスミレたちに筒抜けだぜ」
「ふん、構うものか。ツグオが私の所に来てくれて嬉しかった。貴方が、元夫の狂獄鳥を連れて来てくれた鳥の男。私の願いは叶った。ただただ、私の願いは狂獄鳥だったから。狂獄鳥は私の夫の泰樹の化身。泰樹が魔王の使命で私を救いに来たと信じて、花蜂鬼が相手する男に伝えた。鳥の男を捜せ、と……ああ、既に、ツグオは全て承知しているんだったわねえ」
「ヤバいな。香央樹が、こんなお喋りの女だとは思わなかったぜ……」
その時、いきなりドアが開いて、スミレが入って来たのは分かったが、ツグオはどういう風でそんな状態になったのかも覚えないくらいの速さで絨毯に倒れてしまい全身に激痛を覚えた。多分、スミレは空手の達人に違いない。ツグオは転げたまま体を丸くして悲痛な声を上げた。
「くっそぅ……、いきなり、何だよ。こんな暴力許されるわけねえ!」
「あら、意外に元気じゃない。この大嘘ツキが……!」
その後、ツグオは別の部屋に連れて行かれ、そこには蓮が待っていた。
スミレは部屋から出て行きテーブルを挟んで向かい合って椅子に掛けた。
蓮は意外にも、何か安堵したような微笑みを浮かべて訊いて来た。
「鳥の男、長井ツグオ。あの夜、何があったのか全部喋るんだ」
「……俺に憑いている小さな鳥だよ。この鳥がいきなり大男に豹変したんだ。大男は泰樹と言って、香央樹の兄で夫だとも言っていた」
「お前に憑いている鳥が香央樹の夫だというのか」
「そうだよ。鳥は地獄星の魔王の命令で遥々、この水の惑星まで飛んで来たんだって……連続殺人だって大男がやっていたのさ。香央樹は鳥を魔王の使者と思っていたらしい。だから、鳥の男を捜せと言った……」
「ふ、華はツグオが鳥の男だと見破ったのか。だから、結婚しろと迫ったんだ……」
「その通りだよ……でも、蓮さんは、魔王の存在を信じるのか?」
「ああ、幼い頃、母親の花蜂鬼がよく話してくれた。地獄星には魔族の親玉の魔王がいるそうだ。魔王は花蜂鬼が産んだとも言っていた。半信半疑で聞いていたが……しかし花蜂鬼は華を産んだ後から、体調を崩す事が多くなって、地獄星とかいう妄想じみた話はしなくなったな。その狂獄鳥とかいう鳥が、真実地獄星からやって来たのなら、何故、魔王は自らこの惑星に来ないのか」
「大男が言うには、この惑星の大気が魔王や魔族を拒絶して入れないんだと。唯一大気を抜けられるのが狂獄鳥だから、魔王が狂獄鳥を送ってきたんだって……」
「狂獄鳥が香央樹に会う為に、魔王が離れ離れの夫婦の仲を取り持ってやるような、そんな良い奴には思えんな。何か別の目的があったんじゃないのか。ツグオ、君は知っているんだろう」
「言いたくないな。喋れば、大事な人が危うくなる可能性がある」
「ほう、それはキイノの事か……?」
「え、蓮さん、キイノを覚えてるんだ」
「魔族は産まれながらに、他者から己を守るくらいの魔は持っている。私ももちろん持っているが、他人の心は読めない。華もちょっぴり化ける事は出来るし魔族を判別できる能力はある。しかし、魔力を全て覚醒するには、時間を要するのだ……」
「……流石に魔族だな。蓮さん。だけど、何で、いつもオドオドしてるんだ?」
「私が、そんな風に見えるか?」
「うん、俺にはそう見える。上級国民とは違うからか、俺達と同じ平地に住んでるからか。それとも、そう見せてるだけなのか……」
「ふ、私が15歳の時まで怖い物などなかった……」
「噂は聞いてるよ。寮の研究生が、蓮さんのアソコは女だって、鬼に15歳の時イチモツを食いちぎられたという話をするんだ……」
「その話は噂ではない……今も、あの時の皮膚を剥ぎ取られる感触を覚えている。その後、私の体は勝手に傷口を女性の性器として治癒してしまった……だから、珍しがって人間の男は、この体を欲しがるんだよ」
「……蓮さん。人間の男は、普通の男だって欲しがるよ。相当ヤバイぜ」
「そうなのか。ああ、分かったよ、私は長井ツグオを信じよう。もう、鳥の男として何処かに隔離とか密告したりしないから安心しろ。これから、花蜂鬼と一緒に私の屋敷に戻るんだ。今までは、ここで花蜂鬼をスミレがみていたが、母が歩けるようになったのなら、連れ帰るのが当然だろう」
「ねえ、聞かせて。蓮さんは何で鳥の男の映画を撮ろうと考えたんだ?」
「ああ、ネットオークションで長井ハジメの日記帳を偶然手に入れた、誰かが長井ハジメの遺品を売ろうとしていたんだ。案外高値だったが、興味本位で私が落札した。日記を読んでいくうち映画にしたいと思いたった。それから想像を膨らませて台本を書きあげたのさ」
「父ちゃんの日記帳が、ネットオークションに出てたのか……」
「長井ハジメが亡くなった時、君の所へ遺品は戻らなかったのか?」
「俺は高校に上がってからは、一度も面会には行ってない、アパートを出てから住所も教えなかったから……」
「そうだったのか。フッ、ツグオは逃げる事が出来るから、いいよな」
「……はぁ」
ツグオは、心の中に秘めている父親への罪悪感で、何も言いかえせなかった。
***
翌日、シスターこと、カズキが付き添いと一緒に蓮の林檎屋敷にやってきた。
蓮も、もう逃げられない。カズキの面倒を見ると、大統領や太陽の会のメンバーに約束したのだ。
カズキは三重苦の女性を演じていた。全ては魔王からの指令を果たす為だった。
魔王の指令とは、花蜂鬼の息子を抹殺する事である。しかし、魔族の者の目を偽ることは出来ない事は承知しているのだろう。それでも、カズキは魔を覚醒してくれた魔王に報いる為、その目的を遂行するしかないのだ。
林檎屋敷で、花蜂鬼と面会したカズキは驚愕する。
花蜂鬼から、あの以前のような、魔王の母親という威厳や強い魔力が感じられなかったのだ。
それも仕方ない。いまの花蜂鬼の姿は彼女だが、中身は香央樹だったから……。
香央樹と言えば、魔族の故郷、地獄星で魔族の女だったが、禁を犯して人間にされた。
カズキと対面した香央樹の機嫌が悪くなったのは言うまでもない。
なにしろ、今のカズキは香央樹の姿に化けていたのだから……。それでも、勘のいい香央樹は、反発することはなかった。これには、何か訳があるのだろうと一瞬で見破った。魔族や魔王や、その関係性をよく知っていたからだ。
カズキは林檎屋敷に滞在して、皆んなの厚い持て成しで、半日もすると慣れてきたようだ。付き添いの女と一緒に庭を散策しながら、垣根を造る林檎の木から鈴なりの果実を取ってかじってみたりしている。カズキには、教会の信者らしき付き添いの女が、いつも傍にいて手助けをしている。
蓮は屋敷の二階のバルコニーに立って、その様子をじっと見つめていた。 その後ろには、スミレがいて蓮を見つめている。二人は儚く空に流れる雲のように見える……。 心地良い風が、蓮の金色の髪を吹き抜ける。彼は睫毛を閉じ、それに応えている。
いきなり、蓮は後ろを振り向き、スミレを抱き寄せて唇を重ねた。何があっても、屈しない強い意思を見せつけるように。それは、カズキに向かってなのか……。
***
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