縁なんてわからぬものでいつ切れ、どこでくっつくかなどわからない。

奇跡なんてわからないけどそういうものもあるんだろう。

思えば重荷。けどそれも糧とも思い、進んできた道。
否定するのはなんだか寂しかったけど、今となってはそれが最良の道に思える。適当でも根っこは遊び人じゃないからなおのことつらいんだよね。

とてもじゃないが平穏は祈れない。苦しみのたうちまわった時に、縋る人がいればよいのだろう。
ようやく次のステップに移動できる。
医学の見地から言えば、血だの遺伝だの色々と関連はあるのだろう。

しかしたかだかそんなもののためにこうまで苦労を強いられるのも馬鹿げた話であって。
血縁にあったからといって、結束が固いかと言えばそうではない。あくまでも記号や枠組みの一つではないんだろうか。

それを言い訳に自暴自棄な自分も幼いんだろうが。


たわいもない話。