昨日、2歳と3か月の息子が保育園で「たぶん」という言葉を使ったらしい。
おもちゃのトンネルに電車を入れて反対側にまわって
「たぶん通れる」といったようだ。
「たぶん」という言葉はどういうときに使えるのか分かって使ったのか
どうかは謎だが、自分が感じたことを表現しようと思った
ときに、今回はこの「たぶん」という言葉が当てはまると思ったのかもしれない。
京都と大阪の堺、そこだけ時間がゆっくりながれていると感じることのできる町がある。
私はその土地の時間のながれかたや、外から家々
を眺めて想像される人々の暮らしぶり(あくまでも想像でしかないが)
そしておいしい空気と水に惹かれて、この土地へ引っ越してきた。
それは2011年2月のことである。
かくして自然にかこまれた中での生活が始まったのである。
引っ越して間もなく、保育園からの帰り道。
並木道を自転車で走っていると。
ふと息子が、「葉っぱのトンネル」と言った。
その時彼はまだ2歳になってはいなかったのだが、その
感性とそれを表現するための言葉を持っていることに驚いた。
おそらくその時からである。
「あぁ、そろそろだな。独立してもいいかもしれない。」
と自分の中でそのような思いがふと湧き上がってきたのは。
彼の言った「葉っぱのトンネル」と私の「独立」。
全然関係ないように見えるけど、見えないところでつながっている。
なぜか私はそう感じたのである。


