ヤス・ウラノの偽善なブログ -9ページ目

◆イベントします!◆

明日、28日(火)に池袋の『風゛』で忘年会的なイベントをします。

参加料金は2,500円(1ドリンク、お通し付き)

予約が必要になりますので、来られる方は
yasuurano219@yahoo.co.jp
までご連絡下さい。

イベントと言っても、ただ飲み食いしながら、おしゃべりするだけになるかと思いますが。。。
よろしければ、ぜひ遊びにいらして下さい。

2001年4月28日

今日、HIROKIと戦うまで9年と半年前のあの日の事を思い出していた。みちのくプロレスでの日本デビュー戦を。


僕らはWWFスーパースターのTAKAみちのくが送り出す期待のレスラーとして、みちのくプロレスに参戦することになっていた。

あの日の事はよく覚えているのだけど、試合の事はほとんど記憶にない。
“それなり”の試合だったように思う。
それは、期待に届く訳でもなく、HIROKIは怪我をして、僕は当然のように埋もれて行った。

最初から自信はなかった。なので、そんな評価をショックに思ってもいなかった。


ただ、後ろ指をさされているような、そんな感覚はずっとあった。


そんな感覚を感じながらも、良くも悪くもマイペースにプロレスを続けて来たつもりだ。
そんな感覚があったのは最初の内だけだったけど。


あれから約10年経った今日、KAIENTAI DOJOの後楽園大会。
HIROKIとのシングルマッチが組まれているけれど、自分も彼もすでにこの団体の所属ではない。
火野がカリスマ的な人気があるのも知ってるし、いつもよりお客さんが入っているのは昔のみちのくプロレスのファンが来ているからだ、というのも分かっていた。
お客さんの興味は自分達には向けられてはいないのではないだろうか。


正直な話、怖かった。
あの日と同じなんじゃないかと。


いざ入場してみると、あの時とは全然違う事に気が付いた。
もしかしたら、試合は同じように“それなり”だったのかも知れない。
でも、あの時にはなかった応援の声がはっきりと聞こえた。
それは、自信になった。10年間は間違っていなかったんだと。


あの日を直接会場で見た鈴木健さんには「10年前にやるべき試合だった」と言われた。
ようやく、あの時の期待値に届くことが出来た。
あの日に求められたものに応えられなかった恥ずかしさや悔しさはあるけど、自分の足でここまで来た気分は、悪くない。



HIROKIはやっぱり一番のライバルだ。
色々道は違ったけど、交わることが出来て良かった。
また次、いつ交わるかは分からないけど、その時まで確実に進んで行こう。

3、2、1

今まで黙っていたことがあって。。。


実は、僕は指を3本立てることが簡単に出来ない。
正確に言うと、薬指を曲げずに小指を曲げることが出来ない。
だから、おきまりの「3、2、1、なんとか~」とか「1、2、3、ダー」なんかは人知れず苦戦しているのだった。

それにしても、他にもそんな人がいるかと思い、聞いてみたら回りに誰もいなくてショックだった。



26日のDDT後楽園大会、チケットの売れ行きが好調だそうです。
自分からチケットを予約されている方にはこちらから連絡させていただきました。
連絡が来ていないという方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報下さい。