ヤス・ウラノの偽善なブログ -17ページ目

浪花さん

面倒な先輩だった。
お酒を飲むと特に。


あれは2002年の全日の巡業先でのあるホテルの夜のこと。
浪花さんはひどく酒に寄っていた。

携帯に電話がかかって来て、面倒なので電源を切った。
今度は部屋の電話にかかって来たので、受話器を上げたままにしておいた。
更には、部屋の扉を激しく叩く音がした。
仕方なくあけると、浪花さんが部屋に入り、殴りまくって来た。かなり酔っているので、力もなくてあまり痛くはないのだけど。

なんでこんな事をするのかと聞くと

「俺には後輩がいないんだよ。他のヤツラはこんな事したら、俺を無視したりするだろ。」

それを聞いて、迷惑な人だと思った。


その年末頃だったと思う。当時のKAIENTAI DOJOは他団体の選手は基本的に上がらなかったのだけど、浪花さんだけはたまに参戦していた。

試合の前はウォーミングアップをしっかりやる人と、軽くやってストレッチくらいで済ます人がいる。
自分は後者なのだけど、浪花さんは前者だった。しかも、かなりやり込まないと安心出来ないというくらいの。

興行前にはよく外に連れ出された。
川沿いでダッシュとプッシュアップを繰り返したり、青葉の森公園まで行ってサーキットトレーニングをしたり。ディファ有明やクラブハイツ新宿でも場所を探して息を上げていた。

正直、面倒くさかったりもしたけど、実際そんな時の浪花さんはいつもコンディションが良かった。


私生活ではケチだし、酔っぱらうと最悪な先輩だったけど、プロレスに関しては尊敬していた。
浪花さんには浪花さんのプロレスがあって、たまにそれを偉ぶって教えてくれた。それは、ためになるものだった。


しばらくして、浪花さんはまた大怪我をして欠場することになった。


浪花さんには、基本的に電話はつながらないイメージがあった。いつも電源を切っていて。
だから、着信があった時に嬉しかったのを覚えている。
基本的にはあの人のボヤキだったけど、楽しかった。


しばらくして浪花さんが復帰した後は、同じ会場で試合をすることはほとんどなかったし、たまに一緒になっても、昔のように、練習するぞと引っ張られることはなかった。


最後にあったのは、去年のテッドさんの告別式の日。相変わらず非常識なことを言っていたのが、浪花さんらしかった。


基本的には自分に対して、先輩面してくる面倒な人で、何かにつけて「バカヤロウ」と言われた。
それでも、浪花さんが来るとなるとワクワクして、近づいて行った。
いい先輩ではなかったけど、愛すべき先輩だった。


もう最近では後輩らしいこと何も出来なかった。
たまに、あまり内容のない電話があったけど、それでも気にかけてくれるのは嬉しかった。


もう、あの声を聞くことも出来ない。
実感なんて全然ないけど、ただ寂しい。

感動した話。

今日、某所で借りたトイレのウォシュレットが最高に気持ち良かった。

水をバイブのように当てられる感じで。非常にすっきりした気分になれた。

そんなどうでもいいけど、やけに感動した話。


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ズキズキ

今日は親不知を抜いた。
なんだかんだで麻酔が一番痛くて恐い気がする。
骨を削るために木槌が出てきたのには焦った。麻酔が効いてるから、痛くはなかったのだけど。
信頼出来る先生で良かった。見知らぬ人にそんなもの出されたら、逃げたくなると思う。

晴れはないけど、若干痛むので、忘れるために寝ようと思う。

おやすみなさいzzz